波と手紙

小田桐夕のブログ。好きな短歌について。

2016-01-01から1年間の記事一覧

一首評「パラソル」

パラソルが弾ける刹那呼びかへすその陰謀のふかく愛しき *弾ける=はじける 紀野 恵 『La Vacanza』 Vacanza=休暇、という意味のタイトルを持つ連作のなかの一首です。 最初に読んだ時には「陰謀のふかく愛しき」の「の」がとても気になったのです。「愛し…

塔4月号の感想 その2

塔4月号でもうひとつ面白かったのは浅野大輝さんの評論『「定型っぽく読める」を考える』です。(「っぽく」に傍点あり) 破調の構造を持つ歌なんだけど「定型っぽく読める歌」を取り上げて、なぜ破調構造があるのに定型に収まっているかのように読めるのか…

旧月歌会に行ってみた&塔4月号の感想

さて先日、ついに旧月歌会といわれる歌会に行ってみました。出不精の私にしては大きな決心。旧月歌会は30名くらいいる参加者のうち、4~5名が選者という怖い豪華な歌会です。 歌会によって批評の方法って違うのね。今までに参加した歌会では「いいな」と思っ…

一首評 「夏蝶」

石段にひかりは層を成しにつつ夏蝶ふいに影を連れ去る 吉野 裕之 『吉野裕之集』 夏のつよい日差しがたまっているのを「層を成しにつつ」と表現しているのに目が留まった。降りそそぐ光はたしかに幾重にも重なるという把握もできる。 この一首で描かれている…

一首評 「鳥」

鳥よりも鳥の名前が好きだから滴るひかり喉に溜めをり 大口 玲子『大口玲子集』 中国で日本語を教える日々の歌が並ぶ中に、この一首は置かれている。 鳥そのものよりも「鳥の名前」が好き、というのはやはり言葉への関心の高さなのか、名前を知ることで自分…

一首評 「林檎」

決断を林檎のやうに弄ぶ林檎の蜜のやうに尊ぶ 紀野 恵 『La Vacanza』 「決断」という強い気持ちを弄び、同時に尊ぶ、という行いの差にくらくらしてしまいます。 林檎という果実=つややかな外見や滑らかな手触り、林檎のなかの蜜=大切な秘められたもの、と…

一首評 「ほたる」

限りある生を互みに照らしつつほたるの点滅に息合はせをり 河野 裕子 『桜森』 久しぶりに読み返すと買った時には気づかなかった歌に目がとまることがあります。 初句の「限りある」がすこし言いすぎなのかな、と思いながらも「互みに照らしつつ」に妙に惹か…

永田淳 『湖をさがす』

今回は短歌日記2011でもある『湖をさがす』を取り上げてみましょう。前年の2010年に母親である河野裕子さんがなくなっているので随所に河野さんを回想する歌が見られます。

一首評 「素手」

情報の手袋を脱ぎあたたかい素手でわたしにさはつてさはつて 小島ゆかり『泥と青葉』 「情報の手袋」という表現にはいろいろ考えてしまう。 圧倒的なデータや流れては消えるニュースに関わってきた人の手かもしれないし、思い込みやつまらないうわさや刷り込…

永田 淳 『たつぷりと真水を抱きて』

2010年に亡くなった河野裕子さんの息子である永田淳さんによる評伝。自分の母親の評伝ってエピソードには事欠かないけど心理的な距離をとりにくくて書きにくい部分もあるとは思います。かなり分厚い書籍ですが、面白いので一気に読めました。今回はあっさり…

一首評 「辛夷」

不意に咲く辛夷はいつも まっすぐな道の両側すべてが辛夷 永田 淳 『湖をさがす』 2011年短歌日記の4月5日の日付に記されている歌です。 辛夷が咲くのは3月半ばから4月半ばなので、ちょうどいまくらいの時期ですね。たくさんの小さな手が天にむかってだんだ…

一首評 「閃光」

視界内降水しづかに閃光は見ゆいくたびも国はほろびむ 真中 朋久「落葉の匂ひ」 塔 2016年3月号 「視界内降水」は視界内で雨は降っているものの、観測者がいる場所では雨が降っていない状態をさす気象用語だそうです。自分がいる場所では降っていない雨が遠…

大辻隆弘 『大辻隆弘集』

今回は大辻隆弘氏の初期歌集をまとめた『大辻隆弘集』を取り上げましょう。 ■植物とそこから広がるイメージ あぢさゐにさびしき紺をそそぎゐる直立の雨、そのかぐはしさ ゆふがほは寂しき白をほどきゐつ夕闇緊むるそのひとところ *寂しき=しづけき 幹つた…

一首評 「水鳥」

失ひてのちに来る雪 幾千の水鳥の発つうみをおもひき 中山 明『ラスト・トレイン』 喪失のあとに降ってくる雪と水面から飛び立っていくたくさんの水鳥のイメージが鮮やかに交差します。 空からの雪が、白さを保ったまま水鳥に変わって飛びたっていくような映…

一首評 「飲料」

管理下に生くるかなしみなだめつつ水より淡き飲料をのむ *淡き=あはき 江畑 實 『江畑實集』 会社や組織に所属して働くようになると働いている間、時間も行動も管理されるようになる。そのうち思考も組織の枠内に固まっていくのだろうということも容易に想…

横山 未来子 『午後の蝶』

今回は『午後の蝶』を取り上げてみます。 ふらんす堂の短歌日記2014をまとめた本です。装丁やサイズがかわいくて、このシリーズは大好きです。 ■小さなものへの視点 わが影のかぶされるとき三匹の冬の金魚のとろりと浮き来 愛づるのみにてつかはぬ硯あるとい…

一首評 「指」

この朝のかなしみをかたはらに置きて練り香水を指にとりたり 横山 未来子 『午後の蝶』 練り香水、というアイテムにとても惹かれて気になった一首です。 パッケージもすごくかわいいんですよね、練り香水。 なにか悲しいことがあって、まだ気持ちは引っ張ら…

一首評 「楕円」

湾というやさしい楕円朝あさにその長径をゆく小舟あり 松村 由利子 『耳ふたひら』 湾はたしかに優しい丸みをおびた景色です。とくに遠くから臨んだときに曲線の美しさがよくわかります。 この歌は湾と海をゆく小舟を詠んでいるだけですがひろびろとした海辺…

「塔」2016年2月号を読んでいて  その2

塔2月号には「短連作」という5首程度の短い連作についての特集が組まれています。これが大変に面白かった。ちょうど最近、連作について考える機会があったので、感想をすこし上げておきましょう。 * 私の短連作「雪とえんぴつ」も掲載していただきました。 …

「塔」2016年2月号を読んでいて

たまには自分が所属している結社誌を読んでいて気づいたことなど。メモですが。 塔2月号の「青蝉通信」に若山牧水が比叡山に登って山寺に滞在した時の話が載っている。寺にこもった牧水が貧しい老人と一緒に酒を飲んだ話や吉川氏が今年の正月に実際に比叡山…

一首評 「波」

冬の日のみぎはに立てば too late, It's too late とささやく波は 大辻 隆弘 「大辻隆弘集」 冬の海辺は寂しい場所です。 三句、四句にかけての「too late,It's too late」が音のリフレインのおかげもあってくり返し寄せてくる波のリズムをイメージさせてく…

一首評 「金属」

真っ白な鼻でわたしの金属にふれてくる四月の深海魚 笹井 宏之 「ひとさらい」 久しぶりに笹井さんの歌集を読み直す機会がありました。ページを開くと唯一無二の世界があります。 この歌のなかの「金属」という言葉に惹かれます。いろんなとらえ方があると思…

松村正直 『駅へ』

『駅へ』は、松村正直氏の第一歌集です。 だいぶ前の歌集で、今更読む機会があると思っていなかったので、今回きちんと読めてとても嬉しかった。 最近の松村さんの歌風を結社誌や短歌総合誌で知っているので、初期の歌風を見ていると不思議な気もします。(…

一首評 「パン」

今し世にかなしみあるを夕さりの店先にパンかがやきてをり 横山 未来子「午後の蝶」 冬の夕方に買い物に出た時の光景。ふっくらした長いフランスパンやつややかなブリオッシュがぱっと浮かびました。 毎日存在している店先の光景ですがときどき、やけにきら…

一首評 「針」

美しさのことを言えって冬の日の輝く針を差し出している 堂園 昌彦 「やがて秋茄子へと到る」 唐突な要求で、きっと言われたひとは困ってしまうだろう。「言え」という命令形と「針」という物体の鋭さやその先端の光が相手に向けられています。とても鋭い気…

久しぶりに短編小説を読んでいた

最近は歌集を読む機会が増えた一方で小説を読む機会がなくなっていました。葉ね文庫さんに行った時にもらった読書系フリーペーパー「ソルボンヌ通信」はおすすめの本を紹介しているフリーペーパーです。その中から気になったものをピックアップして読んでみ…

千種創一 「砂丘律」

「中東短歌」という同人誌のなかの短歌のいくつかが、数年前にツイッターでよく流れてました。そのときに千種さんの名前を覚えたのです。 「中東短歌」をはじめ、これまでの作品をおさめた「砂丘律」、装丁のこだわりも話題になっていますね。 ペーパーバッ…

一首評 「ゆうやみ」

自転車が魚のように流れると町は不思議なゆうやみでした 松村 正直 「駅へ」 なんとなく物語の書き出しみたいな雰囲気をもっていますね。 自転車に乗っただれかがすっと近くを通りすぎた光景かなと思います。「魚のように流れる」という比喩で動きの滑らかさ…

新年のご挨拶

昨年はお世話になりました。今年もよろしくお願いいたします。 さて、今年もこのブログをこつこつ更新していきます。今回はこの1年のはじめにあたって詠んだ歌を一首、おいておきます。今年もいろんな作品や刺激を吸収しながら短歌を詠んでいきたいです。 波…