波と手紙

小田桐 夕のブログ。塔短歌会に所属。

一首評「感情」

感情の錆びゆく速度ねこじゃらしの頭に触れて留めておこう

    小島なお「十円」 COCOON14号

何かに向かっていた感情が、だんだんと冷めて、過去になりつつある。そういうときの歌。

 

主体は感情を「錆びゆく」という。雨風にさらされて、金属に錆が付着していくように、感情が劣化していく。たぶん、どうにもできない変化なのでしょう。

 

その一方で、感情が変わらないように、留めておきたい心理もある。できることと言えば、「ねこじゃらしの頭に触れて」みることくらい。柔らかく垂れるねこじゃらしの頭は、なんとなく、ペットみたい。

 

感情という、自分の中にありながら、ままならないものを、慰めるような仕草と思います。現実へのささやかな抗いを、柔らかい仕草のなかに詠んでいて、哀切があります。

一首評 「頬」

人の生に降る雨粒のかくまでに閑けく人の頬に走れる
  *生=よ  閑けく=しづけく
  岡井隆 『宮殿』 P 157

人生のなかに降る雨粒なので、実際の雨粒というよりも、なにかしら悲哀や困難を象徴しているのかな、と思っています。

 

雨粒は人の頬にあたって流れ落ちていくのですが、その様子は「閑けく」といったものだという。

 

「かくまでに」とあることで、いままさに頬を雨がつたう様子を、読者も見ているかのような感じが伝わります。

 

雨粒が「流れる」ではなく「走れる」という結句にしていることで、雨粒そのものに意思があるようです。

 

雨粒という小さな水滴が、温かな皮膚である頬を流れる様子を描くことで、困難をしずかに受け止めている姿が浮かんできて、厳かな気分になるのです。

 
     *


「塔」1月号が届きました。今回、「初句のインパクトの歌」という原稿を書かせていただきました。『宮殿』からも一首、引いております。

 

短い詩形のなかで初句の印象って大きいので、どの歌にしようか、選ぶのにはいろいろと迷いました。久しぶりに原稿を書けて楽しかったです。ありがとうございました。

一首評 「発見」

自暴自棄になりてようやくかがやけるこころなど春の発見として    

  内山晶太  『窓、その他』

新年最初の投稿は、一首評から。最近読んでいた一冊で、『窓、その他』から。 

 

「自暴自棄」からはじまる歌ですが、その後の展開では、その中で「かがやけるこころ」を見つけたことが詠まれています。

 

「自暴自棄」というほどなので、相当に荒れた心理のはずですが、しかし「ようやく」見つけた「かがやけるこころ」。

 

これは単に目の前の問題が解決したとか、気持ちが落ち着いたとか、そういう分かりやすい話ではないのではないか、と思っています。

 

捨て鉢になるほどうまくいかない現実や、自分へのいら立ちの果てに、いままでとは違う自分の奥深くの一部に気づいたのではないでしょうか。

 

輝いているからといって、必ずしも美しいとか立派とかいう言葉がふさわしいのかどうか、わかりません。

 

「かがやけるこころ」とわざわざ平仮名で書いているためもあって、なんだか特殊な鮮やかさを思います。

 

「自暴自棄」の状態をくぐらない限り、おそらく知り得なかった輝きやその光なのでしょう。

 

ささやかかもしれないけど、気づいた輝きに「春の発見」という言葉を与えることで、見つけたものを手放さない、という意思の表れのようです。 

 

   *

 

2020年が始まりました。いろんな変化がやってきそうなので、気持ちを上手に切り替えていきたいところです。

 

短歌もさらにいい歌を詠めるように、頑張ってみます。

 

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

一首評「赦す」

赦すこと難しければ今朝の秋ふかく帽子をかぶり出でゆく

  大口玲子『ザベリオ』 「赦すこと難しければ」P138

 今年最後の投稿になります。一首評には大口玲子さんの歌集『ザベリオ』から。

 

わりと長い時間をかけて『ザベリオ』を読んでいたのですが、なんだか硬質というか、やや難しい印象のある歌集でした。この一首もやや難解な一首。

 

自分の過ちを許すのか、他者の罪や間違いを許すのか。どちらにせよ「赦す」ということは、とても難しいこと。頭でわかっていても、気持ちがついていかないというべきか・・・。

 

ふかぶかと帽子をかぶるのは、わだかまりのある本心を隠すためかもしれません。「秋の朝」などではなく、「今朝の秋」というちょっとひねった表現にも惹かれます。

 

未熟さや幼稚さ、醜さ。いろんな感情を抱えながら、なお、自分が信じるものに忠実。

 

『ザベリオ』のなかには、毎日、息子と向き合い、信じていることのために動いている、そんなひとの姿がありました。 

       

         *

 

今年も「波と手紙」を読んでくださって、ありがとうございました。来年は、歌集評(忙しかったら一首評)をもう少し増やしたいんですけどね。

 

これからもよろしくお願いします。よいお年をお迎えください。

 

松村正直 『紫のひと』

秋空に襞なすごとく雲は伸び思いは北のあなたへ向かう  

  *襞=ひだ       P11


松村氏の短歌のなかでは、「此処にいない人」「ここではない場所」を慕って詠む歌に印象的なものが多い。

高い秋空に広々と広がる面状の雲。「襞なすごとく」は細やかなプリーツみたいな形状の雲の描写であると同時に、人間の内面の気持ちの襞と呼応します。

「紫のひと」は松村正直氏の第五歌集。

いままでとはちょっと違う印象の歌集になっています。

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