波と手紙

小田桐夕のブログ。好きな短歌について。

一首評「消す」

コンビニの伊右衛門取ればその隙間するする次の伊右衛門が消す

 河合育子「うがひ」『春の質量』P44

コンビニの棚にはいろんなお茶がずらっと並んでいます。今回、主体が選んだのは伊右衛門のお茶。

 

棚の奥まで同じ商品が並んでいるので、手前の一本を取れば当然ながら隙間ができて、次の一本がするする、と手前に滑って出てきます。そのさまを「次の伊右衛門が消す」という動詞で表現したのがおもしろい。

 

ペットボトル一本分の生じた空間を、同じ商品でもう一度埋めていくことで当たり前のように代替していく。

 

日常の中のよくあるシーンですが、描写の面白さによってああ、あのシーンをこう再現したのか、と感心する歌です。

 

一首評「たまご」

つぎつぎに光るたまごを産みながら春の真中の炭酸水は

梶原さい子「尾鰭」『ナラティブ』P98

 

春の穏やかな日に、炭酸水のボトルを眺めてみる。

(中味が見えているので、ボトルでしょう)

 

春なので、そこまで暑さが激しいイメージは無く、あくまで優しい雰囲気の中のボトル。

 

1本のボトルの中で次々と現れては消えていく炭酸の泡には、どこか繊細なイメージがあります。

 

炭酸水の中をしゅわしゅわ上がっていく細かい泡を「たまご」としたことで、ボトルの中がなんだか水辺の生き物の産卵シーンめいてきます。

 

次々と発生してのぼりだす泡の粒。改めて見てみると不思議な迫力。春、新緑などあらゆる生命がみなぎりだす季節の迫力です。

一首評「鳩」

手のなかに鳩をつつみてはなちやるたのしさ春夜投函にゆく

*春夜=しゆんや

小池純代「青煙抄」『雅族』P12

 

春の夜に近くのポストまで行って、手紙かハガキを投函するつもりらしい。

 

「手のなかに鳩をつつみてはなちやる」がやはり楽しい表現です。

 

投函するときの気持ちは、飼っている鳩をパッと放つ前のワクワク感にも似ているのでしょう。あとは手品で鳩を飛ばして、観客を驚かせるシーンとか。

 

手のなかに収めていた一羽の鳩を解放することで、鳩も勢いよく飛び立とうとする。

 

鳥が飛ぼうとするときのダイナミックな翼の動きをイメージして、それに続けて手紙の内容も楽しい内容なのかな、相手のことを考えると気持ちが弾むのかな、等読んでいてちょっと想像してしまう。

 

春の夜の、本当にちょっとしたお出かけの楽しみ。

一首評「釦」

くるみ釦のいとこのやうなこでまりの釦ひとつに百のはなびら

 有川知津子「しゆわつ、ぼつ」『ボトルシップ』P59

春の花が美しい季節です。最近、散歩で花を見るのが楽しい。白い毬が連なったようなこでまりの花も、とても愛らしい花です。

 

くるみ釦は、芯を布で包んだ、まあるいかわいい釦です。確かに、こでまりに似ています。

 

こでまりの花は、小さな花がたっぷり集まって、毬状の花を形作っています。それを釦に見立てて、描写しています。兄弟姉妹ではなく「いとこ」くらいの距離感が、わかるな・・・って感じ。

 

有川さんの歌集には、豊かな自然が登場します。ちょっと異界っぽかったり、少し不思議な雰囲気だったりして、今までに見慣れた光景や草花に、まだまだ新しい表情があると思うのです。

 

散歩の途中に新しい草木に出会うような喜びがある、と言ってもいい。たった一冊のなかに知っている光景、未知の光景、いろんな自然が詰まっていそうです。