波と手紙

小田桐夕のブログ。好きな短歌について。

一首評「匂い」

そこが海だと匂いでわかるくるしさを ふるさともふるきずもかみひとえ

井上法子「この明るさを いったい」『すべてのひかりのために』P23

海の近くに来ると、海面が見えていなくても海だ、とわかるときがあります。海が近くにあるという実感を、潮の香りや波の音で得るのです。

 

ここでは「匂い」。嗅覚で海だとわかる。でもそれは苦しさにつながるらしい。下の句から察するに、故郷に帰ったときの海なのかもしれません。

 

海だとわかってしまうのは苦しいことで、それは故郷の記憶に結びついているからかもしれない。「ふるさと」と「ふるきず」は、紙一重の差でしかない。

 

故郷という場所に長く暮らしていると、当然ながら、嫌な出来事や不愉快な記憶もあるでしょう。下の句を全てひらがなにしていて、柔らかい感じがするのに、受け取る感情は少し痛々しい。

 

「くるしさを」の後に一字空けがあり、少し間をおいてから下の句につながります。「ふるさともふる/きずもかみひとえ」句跨りで7・8音と取りました。

 

ふるさとは大事かもしれないけど、古傷も存在する、少し複雑な場所。そんな難しさや厄介さを感じつつ、それでもときおりは故郷の地に降り立つのでしょう。

2024年をふりかえる

2024年もあとわずかとなりました。今年の振り返り記事をアップしておきます。

 

箇条書きで書き出してみると……

  • 20首連作「白」→塔4月号掲載
  • 第一歌集『ドッグイヤー』刊行
  • 第14回塔短歌会賞次席→塔6月号掲載
  • 塔七十周年記念評論賞受賞→塔7月号掲載
  • 源氏物語』ゆかりの地・明石について執筆→塔8月号掲載
  • 塔全国大会(京都)になんとか出席できた
  • 同人誌「HAJÓS(ハヨーシュ)」に参加
  • 京都の合同忘年歌会&忘年会に出席
  • みかづきも読書会を開催

 

短歌、主に結社「塔」にからんでの出来事を並べるとこんな感じですね。やはり歌集の上梓は私にとっては、心理的な切替のためにも、出来事としてとても大きかったです。順番に振り返ってみます。

 

 

続きを読む

一首評「灯台」

青く輝る海に差し出す牲のごと灯台は岩のうえに立ちたり

*輝る=てる *牲=にえ

吉川宏志叡電のほとり』P356

短歌日記2023から。12月5日の一首。場所は、歌に付されている説明によれば足摺岬とのこと。

 

「牲」は生贄。海という広大で、昔から畏怖の対象になってきた場に向かって、灯台がすっと立つ。

 

青い広い海と、細く白亜の灯台は対照的。海と灯台。シンプルな組み合わせの光景で、静かなイメージ。

 

ぽつんと立つ灯台を海への、海の神様への供物と言われるとなるほどな……と思います。吉川氏の歌では一首一首のなかの比喩によって、風景がくっきり立ち上がります。

 

 *

今年もすこしずつ一首評を書いてきました。自分の考えを記録として残しておきたくてこのブログを続けていると思います。

 

そろそろ今年も終わり。来年も引き続き、印象に残った歌を取り上げていきますね。(反応あまり無いけど)読んでくださった方、ありがとうございました。

 

【初心者向け】短歌の評論を書きたいけどしり込みしている。どうすればいい?

2024年も12月半ばですね。今年、私にとって大きかったのは塔七十周年記念評論賞を頂いたことです。塔12月号の年間回顧座談会でも触れて頂きました。

 

今回は評論について。ちょっと考えをまとめておきます。 

 

短歌の評論というと、すごく敷居が高いものだと思っている方、いらっしゃるはずです。「エッセイなら書けても、評論はちょっと…」みたいな言葉も聞きました 私も以前そう思っていたので、よくわかります。 

 

今回は「短歌の評論を書くなんて難しくて無理」「いつか書きたいけど、どうやったらいいのか分からない」と思っている、評論ビギナーさんに向けて、同じく評論ビギナーなりに何とか評論を仕上げた経験から感じたことを、アドバイス的に書いてみます

 

 

続きを読む

一首評「匙」

想いつつしろがねの匙磨きおり与謝野晶子は冬にうまれた

大滝和子「父」『人類のヴァイオリン』P152

 

前半には父親の介護の歌など、けっこう深刻な歌が並ぶ一連の最後に置かれています。

 

あえて省略されているのでしょうけれど、「想いつつ」は何を想っているのか。洗い終わった匙を静かに磨きながら、ゆっくり考えることがある。

 

考えの先にたどり着くのが、なぜ与謝野晶子なのか。与謝野晶子は1878(明治11)年12月7日生まれ。確かに冬生まれひたむきな恋をして、激しい人生を生きた与謝野晶子

 

小さなしろがねの「匙」の曲線とか冷たさに手を触れつつ、冬生まれ歌人までたどり着く。手にしているアイテムの質感や輝きからの連想かな。

 

たまたま知っている知識に思いが及んだだけかもしれないけれど、忙しい生活のなかでふっ、と思いがたどり着く先にあるものや人が、意外と自分のなかでは大事なのかもしれません。