そこが海だと匂いでわかるくるしさを ふるさともふるきずもかみひとえ
井上法子「この明るさを いったい」『すべてのひかりのために』P23
海の近くに来ると、海面が見えていなくても海だ、とわかるときがあります。海が近くにあるという実感を、潮の香りや波の音で得るのです。
ここでは「匂い」。嗅覚で海だとわかる。でもそれは苦しさにつながるらしい。下の句から察するに、故郷に帰ったときの海なのかもしれません。
海だとわかってしまうのは苦しいことで、それは故郷の記憶に結びついているからかもしれない。「ふるさと」と「ふるきず」は、紙一重の差でしかない。
故郷という場所に長く暮らしていると、当然ながら、嫌な出来事や不愉快な記憶もあるでしょう。下の句を全てひらがなにしていて、柔らかい感じがするのに、受け取る感情は少し痛々しい。
「くるしさを」の後に一字空けがあり、少し間をおいてから下の句につながります。「ふるさともふる/きずもかみひとえ」句跨りで7・8音と取りました。
ふるさとは大事かもしれないけど、古傷も存在する、少し複雑な場所。そんな難しさや厄介さを感じつつ、それでもときおりは故郷の地に降り立つのでしょう。