波と手紙

小田桐夕のブログ。好きな短歌について。

2016-10-01から1ヶ月間の記事一覧

一首評 「水面」

読み終えし本は水面のしずけさのもうすこしだけ机に置かむ *水面=みなも 吉川宏志 「無花果」『鳥の見しもの』 この歌が収録されている連作の4首目には 吊り革を持つ手離して捲りおりふたたびを読む『チェルノブイリの真実』 *捲り=めくり という一首が…

一首評 「バター」

会はぬ日の男はこゑとおもふなりバターの味の濃くなる四月 小島 ゆかり 『純白光』 まるで季節が合っていませんが、好きなので取り上げます。この一首には合わせて、 かげろふやバターの匂ひして唇 小澤 實 という俳句がおかれています。かげろうは春の季語…

一首評 「香」

コーヒーの香をふかく吸ふ夜の胸にしづかに帰るけふの旅人 *香=か 小島 ゆかり 『純白光』 香りには強烈な喚起力があるようで、香りや臭いで昔のことやだれかを思い出すことがよくあるし、そんな歌もたくさんある。 コーヒーの香りも強い香りで、嗅ぐとい…

一首評 「茄子」

すでに終わった恋のようなる秋の日にかがやく茄子をひとつもぎたり 吉野 裕之 「三月は来る」『砂丘の魚』 この歌もとてもいいな、と思った一首です。「すでに終わった恋のようなる」がやはりいい。秋の澄んだ空気や日射しの様子とあっています。 終わったと…

吉野 裕之 『砂丘の魚』

今回は『砂丘の魚』を取り上げてみましょう。平易な語彙でかかれているのに、なんとなくつかみどころのない世界が広がっています。 あまり具体的なことに焦点を絞らずに、むしろ広がりがあるのが特徴かな、と思いつつ読んでいきました。 ■目の前の光景とかす…

一首評 「靴」

秋が来てふたりであるということのたとえば靴をなくしたような 吉野 裕之「甘きfura-fura」 『砂丘の魚』 ふたりでいるのに、靴を片方だけなくしたような感覚でいる、と読みました。靴は両足そろってこそ意味があるのですが、片方だけなくすとなんとも中途半…

一首評 「線」

便箋に銀の線ある秋の夜に人引き留める言葉書きおり *線=すじ 吉川 宏志 「鳥の見しもの」『鳥の見しもの』 秋の夜長にかく手紙はだれかを引き留めるための言葉だという。その言葉が届くのかどうかはわからないけど、相手の反応によってはもしかしたら最後…