波と手紙

小田桐夕のブログ。好きな短歌について。

一首評

一首評 「水」

思い通りに生きることなどできなくて誰もできなくて水を分け合う 松村正直「花火大会」 「星座」2017年初菊号 P8 結社誌「星座」を拝見する機会があり、その中から。 ・・・「星座」ってさ、結社誌っていうよりも どこかの短歌総合誌みたいな作りですね・・…

一首評 「鳥」

枝から枝へたぐるしぐさで生き延びてきみのてのひらを鳥と間違う 野口 あや子 『眠れる海』 今までの人生がとても危ういバランスに成り立っていたのだろうと思う。 「枝から枝へたぐるしぐさで」なんとか生きてきた その先に見えてきた「きみのてのひら」。 …

一首評 「物語」

烏瓜の揺れしずかなり死ののちに語られることはみな物語 松村正直 『風のおとうと』 松村正直氏の第四歌集。 今わたしが一番気合い入れて読んでいる歌集と言っていい! 今までの歌集のなかの歌の変化を思いながら ゆっくり読んでいます。 烏瓜というと、赤い…

一首評 「栞」

卓上の本を夜更けに読みはじめ妻の挾みし栞を越えつ 吉川 宏志 『夜光』 吉川宏志氏の名前を記憶した歌といえばたしかこの一首だったと思います。何年も前、まだひとりで短歌を詠んでいるときに大型書店で立ち読みした短歌関係の雑誌の中にありました。特集…

一首評 「バス」

きみに逢う以前のぼくに遭いたくて海へのバスに揺られていたり 永田和宏 「海へ」『メビウスの地平』 難解な歌も多い『メビウスの地平』のなかではかなり素直な詠みぶりだと思います。ある一人に出会ったことで人生が大きく決定されて以前・以後にはっきりと…

一首評 「舌」

ああ、雪 と出す舌にのる古都の夜をせんねんかけて降るきらら片 光森裕樹 『山椒魚が飛んだ日』 学生時代を過した京都を詠んだ一連のなかの一首です。「ああ、雪 と出す舌に」となっていて一字空けがあることですこし間が生まれて時間の操り方が巧みな初句に…

一首評 「楽器」

小夜しぐれやむまでを待つ楽器屋に楽器を鎧ふ闇ならびをり 光森裕樹 『山椒魚が飛んだ日』 雨宿りをしているのか、楽器屋の前で過ごしている時間のこと。楽器屋のなかを見て楽器ではなく「楽器を鎧ふ闇」に注目するあたり、感覚の鋭さを思います。「鎧ふ」と…

一首評 「金貨」

金貨のごときクロークの札受け取りぬトレンチコートを質草として 光森裕樹『山椒魚が飛んだ日』 トレンチコートをクロークに預けるときに質屋に預ける品物を指す「質草」とは面白い表現です。クロークの札が「金貨」を思わせるものだったことからの連想でし…

一首評 「はなびら」

エレベーターにちらばつてゐるはなびらを浮かせるために押す地上階 光森 裕樹 『うづまき管だより』 第二歌集『うづまき管だより』を読んでいます。この歌は一番好きな歌です。 エレベーターという閉じられた空間にちらばるはなびら、それだけでもなんだか異…

一首評 「蕊」

つつじの赤い花はなつかし花よりも色濃く長き蕊もつことも 花山 多佳子 「築地」『晴れ・風あり』 つつじの花はたくさん咲いて、初夏の華やかな景色を作ってくれた記憶があります。たしかに蕊が長くて、すぅっと伸びていたなぁと思います。「蕊」という部分…

一首評 「素足」

大いなる薔薇と変はりし靴店に素足のままのきみをさがせり 水原 紫苑 「湖心」『客人』 靴店に素足、という点が意外な感じで気になりました。新しい靴を探すときに、いちど素足(少なくとも靴は脱ぐ)になることを踏まえて詠まれているのではないかな、と思…

一首評 「蝶」

靴紐を結ぶすなわち今日のわが足を見つめる蝶を創れり 大井 学 「総譜」『サンクチュアリ』 靴紐を結ぶ、という何気ない行為のなかにささやかな美しさを見出した一首。 「すなわち」という接続詞が面白く、ちょっと硬い印象の語を挟むことで下の句の「蝶」と…

一首評 「麺麭」

描かれし教会の空に白雲は割きたる麺麭のごとくかがやく 山下 泉 「塔2016年10月号」 一枚の絵を眺めているときなんだろう、と思います。ぽっかり浮かんでいる白い雲が麺麭の断面のよう、という把握は素朴ですが「かがやく」という動詞でいきいきとした表現…

一首評 「目盛」

もうそろそろ秋を測りにくるだらう腹に目盛のあるオニヤンマ 小島 ゆかり 『純白光』 急に寒くなってきました。秋が一気に進んでいる感じです。この歌が詠まれたのは9月上旬くらい。秋になると飛んでいるトンボ、たしかにオニヤンマには見事な縞がありますが…

一首評 「水面」

読み終えし本は水面のしずけさのもうすこしだけ机に置かむ *水面=みなも 吉川宏志 「無花果」『鳥の見しもの』 この歌が収録されている連作の4首目には 吊り革を持つ手離して捲りおりふたたびを読む『チェルノブイリの真実』 *捲り=めくり という一首が…

一首評 「バター」

会はぬ日の男はこゑとおもふなりバターの味の濃くなる四月 小島 ゆかり 『純白光』 まるで季節が合っていませんが、好きなので取り上げます。この一首には合わせて、 かげろふやバターの匂ひして唇 小澤 實 という俳句がおかれています。かげろうは春の季語…

一首評 「香」

コーヒーの香をふかく吸ふ夜の胸にしづかに帰るけふの旅人 *香=か 小島 ゆかり 『純白光』 香りには強烈な喚起力があるようで、香りや臭いで昔のことやだれかを思い出すことがよくあるし、そんな歌もたくさんある。 コーヒーの香りも強い香りで、嗅ぐとい…

一首評 「茄子」

すでに終わった恋のようなる秋の日にかがやく茄子をひとつもぎたり 吉野 裕之 「三月は来る」『砂丘の魚』 この歌もとてもいいな、と思った一首です。「すでに終わった恋のようなる」がやはりいい。秋の澄んだ空気や日射しの様子とあっています。 終わったと…

一首評 「靴」

秋が来てふたりであるということのたとえば靴をなくしたような 吉野 裕之「甘きfura-fura」 『砂丘の魚』 ふたりでいるのに、靴を片方だけなくしたような感覚でいる、と読みました。靴は両足そろってこそ意味があるのですが、片方だけなくすとなんとも中途半…

一首評 「線」

便箋に銀の線ある秋の夜に人引き留める言葉書きおり *線=すじ 吉川 宏志 「鳥の見しもの」『鳥の見しもの』 秋の夜長にかく手紙はだれかを引き留めるための言葉だという。その言葉が届くのかどうかはわからないけど、相手の反応によってはもしかしたら最後…

一首評 「釦」

死ぬ朝のさいごの釦も自らのちからに嵌めたし 白きくちなし 福西 直美 「塔 2016年9月号」 福西直美さんも塔のなかで注目している方の一人。 今回はこの一首がとてもいいなと思いました。 いつか必ずやってくる死、その日の朝の「さいごの釦」を自分ではめた…

一首評 「萼」

子の目より紫陽花の萼大きくて子の目にどつと青があふれる 澤村 斉美 「塔 2016年9月号」 紫陽花の萼のほうが、小さなお子さんの目より大きい。大きさの対比からくる幼い子供へのまなざしが印象的な歌です。 まだ小さな子は今見ている紫陽花のこともその青い…

一首評 「雨」

錆びついた窓から見える風景だ どうしたらいいどうしたら雨 吉川 宏志 「縦長の絵」『鳥の見しもの』 今回ももうひとつ、雨で終わる歌。 すぐ前に磔刑の絵の歌がおかれているせいかこの歌も切羽詰まった感覚で読んでしまいます。 「錆びついた窓」のむこうの…

一首評 「雨」

やわらかき部分を突いてくることばそれだけならばよいけれど雨 吉野 裕之「葡萄のような」 『砂丘の魚』 たぶん他者からいわれた言葉、自分の「やわらかき部分」を突いてくるだけでなくじわじわ浸食してくるようなダメージをもたらしてくるんだろう。そのじ…

一首評 「坂」

あさがほの一大群落這ひのぼるおらんだ坂に再たあひませう 紀野 恵 『La Vacanza』 「おらんだ坂」という地名がノスタルジックで惹かれる名前です。(・・・この地名は長崎ですよね、たぶん。 神戸にも北野オランダ坂ってあるけど) 「這ひのぼる」という動…

一首評 「庭」

裕子さんの庭かとおもふ塵取りとバケツ灼けゐるよその庭のぞく 小島 ゆかり 『純白光』 8月12日は河野裕子さんの命日でした。この歌は2012年の短歌日記として連載されていたもので8月12日の日付のページにおかれています。 亡くなった人のことは死後にもちょ…

一首評 「茄子」

人老いて茄子はしづけき八月の紺をささげてゐたるふるさと 高野 公彦 「住」『淡青』 茄子はつややかな光をおびて茄子紺といわれる深みのある色となって実る。 「紺をささげてゐたる」という表現が茄子の色やフォルムを鮮やかに思い浮かべさせてくれる。 だ…

一首評 「野心」

野心とは野のこころなれ夕ぞらのうつくしきまでを草のうへに寝て 真中 朋久 「塔 2016年7月号」 野心って本来はもっとギラギラしたものだけれどこの一首では「野のこころ」と分解して別の視点を与えています。ユーモアがあって面白い発想です。 「野のこころ…

一首評 「葉書」

葉書とは小さな紙と思うかなそこに余白を置いてあなたは 「ゆっくり私」『砂丘の魚』 吉野 裕之 相手から受け取った葉書だろう。 葉書をわざわざ「小さな紙」と言い直すことで質感や手触りが浮かんでくる効果があるのかもしれない。 簡潔な文章や挨拶が描か…

一首評 「和音」

天気雨一刷毛降りてメシアンの和音のごとく濃き虹は顕つ 大井 学 「カントの週末」『サンクチュアリ』 漢字の多い初句、二句から三句のカタカナによる人名へのつなぎが面白いなと思って気になりました。虹の色の調和を「メシアンの和音のごとく」とは美しい…