波と手紙

小田桐夕のブログ。好きな短歌について。

一首評 「舌」

ああ、雪 と出す舌にのる古都の夜をせんねんかけて降るきらら片   
             光森裕樹 『山椒魚が飛んだ日』 

 学生時代を過した京都を詠んだ一連のなかの一首です。
「ああ、雪 と出す舌に」となっていて
一字空けがあることですこし間が生まれて
時間の操り方が巧みな初句になっています。
舌という温かさをもつ体内の一部に
空から降ってくる細かな雪が溶ける。
一瞬で溶けてしまう雪と舌の小さな接点に
「せんねんかけて降る」という時間の流れが凝縮されています。
「きらら片」は鉱物の一種ですが、
この歌のなかでは雪のきらきらしたイメージと重ねられています。
それと同時に「せんねんかけて」降り積もる時間の蓄積から
「きらら片」という鉱物のイメージを導いていて
単に儚く消えるだけの存在ではない、という意思も見えます。
また雪が降ってきたときに舌を出してみるという行為は
ちょっと子供っぽい仕草だと思います。
かつてまだ学生のときに過ごした時間を思いだして
あえてしてみた仕草なのか、過去の回想なのか。
主体のなかに積み重なった時間の蓄積まで
思いをはせることも可能だと思います。