波と手紙

小田桐夕のブログ。好きな短歌について。

一首評「錆」

軋みつつひらいた傘の骨の錆 大抵のかなしみは既出だが

 沼尻つた子「From Dusk Till Dawn」『ウォータープルーフ』P180

けっこう使い込んだ傘なのか、傘の骨に錆が発生している。

 

あまり気にしていなかったかもしれないが、ひらくときに傘が軋むから気づく。

 

そこから一字空けて、「大抵のかなしみは既出だが」と続く。

 

短歌に詠まれるかなしみも、だいたいは既に誰かが詠んでいる。もっと広く、芸術全般に話を広げても、成り立つだろう。

 

一首の締めくくりは「だが」で終わる。「だが」の後には、なにかしら、前に言った内容を否定する話がくる。

 

とっくに誰かが表現している悲しみ。今さら自分が表現等しなくても、いいのかもしれない。

 

「だが」それでもたぶん短歌に詠み、読まれる。あるいは絵や音楽に託す。

 

かつて雨に濡れ、錆びついた傘の骨。軋ませながら、傘をひらく。

 

そんな大したことの無い動作をたびたび行って、時間が過ぎ、暮らしていく。ささやかな表現も同じようなものかもしれない。