塔3月号の作品1から。
沈黙が答ではないあとすこし言葉澄むまで待つ冬隣 石井 夢津子 P23
沈黙している時間は考えている時間。
「言葉澄むまで待つ」で自己の中の気持ちを
しずかに見つめている主体なのだろう、と思います。
「冬隣」という冬の訪れを感じさせる語も効果的で
空気の澄んでいく様と結びついています。
薄き鬢さむくあらぬか五千円札のをみなに鰤を買ふなり 清水 弘子 P27
「五千円札のをみな」は樋口一葉。
短い生涯を終えた一葉の「薄き鬢」への着目が面白い一首です。
手元の五千円札から助詞「に」で
鰤を買うシーンにつなげています。
「に」は「によって」という意味だと思いますが
すこし強引な使い方で
結句の動作に落とし込んでいます。
次次にうどん屋できて客足のしばらく乱れまた治まりぬ 橋本 成子 P30
新店舗がオープンすると、新しい店に行くお客さんが増えるけど、
しばらくするとそれぞれのお気に入りの店が定まって
また客足が落ち着くという期間をコンパクトに収めています。
うつくしく生きる/死ぬ 吾の本名の美の字は線対称に書かれる 沼尻 つた子 P38
沼尻さんの詠草は全体を通して
しっかりしたテーマを毎回持っているように思います。
今回は塔の会員で他界された方を
しのんで詠まれた歌のなかの一首です。
他者の死を聞いて、いつか自分にもやってくる
死を意識せざるを得ないときがあります。
本名のなかにある「美」という字の
フォルムの美しさに触れながら
果たして「うつくしく生きる/死ぬ」ができるかどうか
自問自答したのではないでしょうか。
レシートにユキの表示あり小麦粉の「雪」と分かるまでの数分 上大迫 チエ P43
レシートを見ているといろんな発見があります。
この歌のなかでは「ユキ」という表示から
「?」と思ってから具体的な商品に思い当たるまでの
数分間を詠んでいます。
小麦粉の「雪」は日清フーズの小麦粉ですね。
この歌に詠まれているのは
日常のとても些末なことなのだけど
些末なことが十分面白い作品になるのが
短歌の興味深い点です。
萩に雪 ここを遠くに目覚めたるきみのひとりを大切にする 山内 頌子 P49
初句切れで大胆に景色を提示してから
心情に移る構造が潔い歌です。
「きみのひとりを大切にする」はすこし難解ですが魅力的です。
きみというひとり、なのか
きみのなかのかけがえのない部分なのか?
「ここを遠くに」だから離れているのかもしれない。
とても繊細な感覚が漂っています。