塔2021年1月号が届きました。
すこし考えたことを書いておきます。
やがて去る場所と思えば懐かしく見つめていたりグラスの氷
松村正直『風のおとうと』P203
詠われているのは、ささやかな夏の風景である。
見ているのはグラスの中の氷という、取るに足りない物体ではあるが、いつか立ち去る場所であることがわかっているから、少し未来の視点から見れば、すでに懐かしい。
時間軸を先に進めた点から詠んでいることが面白い一首である。
今見ているものや景色も、時間が進む中で、確実に過去になる。
あたりまえでありながら、その一過性ゆえに、代替出来ない価値を持つ。
濡れている窓をどこかに感じてるわたしは雨の廃園なのだ
「ウンベルト・サバ」江戸雪『空白』P73
激しい感情が渦巻く歌集の中で、柔らかな叙情がある「ウンベルト・サバ」の冒頭の歌。
確かに濡れた窓を感じながらも、「どこかに」というので、窓の位置ははっきりしない。
自身を空虚な廃園としてとらえつつ、「濡れている窓」を通して、外部の雨を感じとる。遠い痛みと静かにつながっている、そんな佇まいのある一首だ。
※
塔1月号の誌面で、松村正直さんと、江戸雪さんが塔を退会されることが発表されました。
ショックを受けた会員さんも多いでしょう。わたしも入会してからずっとお世話になってきたので、もちろん寂しいです。
ただ、今まで長い間、多くの時間とエネルギーを塔に費やしてくれた方たちなので、去るという決断は誰も責められないと思います。
お礼を言って見送るのが、相応しいだろうと思うのです。
塔の誌面で松村さん、江戸さんの作品を見ることがなくなっても、また別の場所で、新しい作品を見ることを期待しています。
そしてまた、短歌の話をゆっくりしたいな、と願っています。