波と手紙

小田桐 夕のブログ。塔短歌会に所属。  ゆふぐれはあなたのなかに沈みゆくとほき国だと気づいてしまふ

塔2018年6月号 4

塔6月号には、永田和宏氏の代理で、松村正直氏が選歌を担当した欄があります。

松村さんの選歌欄ってちょっとサプライズで、いいなぁ。

あと、特別作品の江戸雪さんのコメントが短い中でもアドバイスになっています。

こういうコメントがもっと聞けるといいのだけど、と思う。

雲はみな製紙工場の煙突ゆ生るると信ずこの町の子は         逢坂 みずき   P112

製紙工場が多く並んでいるエリアらしい。

さいころから工場や煙突が見慣れたものだったのでしょう。

煙突から雲が生まれる、と子供たちが信じている、という話でどれほどなじみ深い光景だったのか伺えます。

煙突から上る煙と雲、その連想はとても素直な発想。

なんとなく絵本のなかのお話しみたいに思いつつ、大人になっても残っている記憶なのでしょう。

「ゆ」という古典和歌でも使われる助詞を置くことで、ゆったりしたおおらかさが出ています。

朽ちながらまだ庭に在る犬小屋の気配を包む春の薄闇         杉原 諒美    P124

もう犬が住まなくなったのか、犬小屋は朽ちゆくに任せているみたい。

存在しながら朽ちていくって寂しい光景だと思います。

役目を終えたものには、独特の雰囲気がただよいます。

犬小屋にはひっそりとした気配があり、そして「春の薄闇」がさらに周りを覆っている。

たぶんだれも見向きもしない光景だけど、作中主体は気配とか空気感を感じ取って書き留めている。

物体ばかりでなく、空気を描くって難しいと思います。

「春」ならではの空気感、少し湿りを含むような感触が「朽ちる」という動詞に現実感を与え、またかつてそこにいた犬の存在を意識させています。

鰯、鯖、秋刀魚、鮭缶ひきだしに円と楕円を積み重ねおく        浅野 次子  P139

たしかに魚の缶詰には、円形と楕円形のフォルムがあったなぁ。

缶詰の形に注目したところが面白いな、と思いました。

初句、二句で魚類の名前をずらっと出して、そこから缶詰の形状にもっていく。

一個一個の缶詰のフォルムを思い浮かべながら読んでいきました。

想像しながら歌の内容をたどっていく、作者が詠もうとした内容を読者も追っていく。

積み重なった塔みたいないびつな連なりを思うとき、なんだかオブジェみたい、と楽しくなります。

もつれあひ転がりながら冬と春いつかその手を離すのだらう       浅野 美紗子  P147

最初に読んだとき、「冬と春」がそれぞれ、小さな子供みたいに思えるほどでした。

ちっちゃい子がじゃれ合いながら遊んでいる光景を思い描いたのです。

でも詠まれている内容は季節の移り変わり。

なんとなく、季節を人に託したイメージが湧くのです。

歌会ではしばしば批判される擬人法ですが、使い方によっては、効果的なこともあるでしょう。

冬から春へ、気温が上がったり下がったりしながらだんだんと移り変わっていく。

その様子を勢いのある動詞を用いながら躍動感のある始まりで詠っています。

「いつかその手を離すのだらう」も、幼かった子供が離れていくさまがダブります。

自然の変化を詠みながら、なんとなく子供時代の終わりを詠んでいるようにも思うのです。

秘密基地はもう生まれないこの道も楷書のごとき家並となりたり     鈴木 緑  P152

草とか段ボールとか、いろんなものを組み合わせて作った秘密基地。

大人になって考えると、大したことのない作りだったかもしれないけど、でも子供時代には立派な場所だった、そんな思いでがあるのでしょう。

でも、今の町はすっかりきれいに整備され、整った家並みが続いている。

もうこっそり集まる秘密基地なんていう空間が出来上がる余白がない。

時代の変化でしょうけど、どこかに惜しむ気持ちがあるはず。

「楷書のごとき家並」に新しい、かっちりしたつくりの住宅の並びが想像されます。

出来が悪くても、でこぼこでも、こっそり友達と過ごした秘密の場所は、かけがえのない共有の財産だったのでしょう。

ノスタルジーを感じさせつつ、時代の変わりようをうかがわせた一首です。

ただ、「生まれない」はたぶん二句切れだと思ったのですが、連体形でつながるようにも見えることが気になりました。

もし切れるなら、一字空けや句読点を入れるなどの工夫があってもいいかもしれません。