波と手紙

小田桐夕のブログ。好きな短歌について。

『COCOON』18号

コスモスの結社内結社・コクーンの同人誌は創刊号から読んでいますが、メンバーも増えてどんどんボリュームが増しています。

 

コクーン18号を読み終えたので、全体の感想をアップしておきます。

 

全ての作品に触れることはできませんが、コクーンの雰囲気を感じていただけると嬉しいです。気になったら、ぜひ本誌を手に取ってください。

 

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サンプルを使ひそびれてゐるうちにもう売り場から消えたシャンプー  

「秤にかける」杉本なお P5

 

いるものといらないものを分けていくさまを淡々と描いている一連でした。

 

診察券や体温計などの整理をしつつ、なかなか過去に踏ん切りをつけることができない自身の姿を描いていきます。ほんのりとした悲しみがある一連で、どこか欠けた「私」を静かに描きだします。

 

廃棄処分したバイクの部分が一番、思い入れがあるはずなので、もう少しその部分は強くてもいいかな、とも思います。


銀鱈の西京焼きを食みし口その口で味噌味の正論

「真夜中の鳩」椎名恵理  P10

 

とても面白い一首。既婚者にばかり惹かれてしまう友人を詠んでいる部分に置かれているので、主体は友人相手に説教でもしたのでしょうか。

 

「味噌味」という点がポイントで、なかなか強い風味で厳しいことを言ったのではないかな、と想像してしまいます。

 

ただ申し訳ないのですが、連作全体の統一感が今ひとつかな・・・。

 

既婚者に惹かれる友人や、(たぶん)課金ゲームなど、連作のなかの話題が広く、どういうつながりで展開しているのかな、という疑問がありました。

あきぞらはしろがねに照り垂直にまぶたとぢれば一本の釘 

 「鰶」有川知津子 P15

 

とてもゆったりとした空気感のある一連。

 

身の回りの自然(木通、このしろ)の描き方に遊び心があって、楽しい。郷里には島が多いことを先に出して、後半で離島勤務の話につなげるのも巧み。

 

取り上げた歌は「あきぞら」「しろがね」といった柔らかい語と、「垂直」「釘」など硬質な言葉のバランスがよく、注目した歌です。「一本の釘」は空の下にいる自身のことかな、と思います。

出勤の前のあなたが手のひらでがんばらうと言ふがんばらうと思ふ

 松井恵子「冬眠へ」P16

 

まだ幼い子供たちと、多忙過ぎる親の描写。忙しい日々を描きつつ、柔らかな感覚もあって、バランスがいい作品です。

 

「手のひら」を通して、共働きの夫婦同士の励ましや連帯感を柔らかく描いていて、一連のなかで、ちょっとゆったりする部分。

 

で、松井さんの夫側の歌もありまして、こちらはこちらで、けっこう疲れている感じ・・・。ただ疲れているだけで終わらずに、開き直った感じの終わり方が面白い。

 

有給を取った二人は海へ行く あれ、これって青春みたい  

「ヨーホー」松井竜也  P40

 

「あれ、これって」という日常会話の延長みたいな詠みぶりで、ちょっととぼけた感じがあります。

 

実際の暮らしはかなり忙しいはずだし、ストレスもあるはずですが、軽みや滑稽さに変えていくあたりが松井さんのしたたかさ。自虐的すぎないから、読んでいる側にとって、楽しい一連になっているといつも思います。

鼻濁音きれいなニュース聞きながら剥くじゃがいもは鼻のかたちす

「萩ゆれて」河合育子 P48

 

生活の中の物体の手触りが面白い。鼻の形のじゃがいも。言われてみると、たしかにそんなじゃがいももあるような・・・。日常の一コマから浮かんでくる意外な視点。

 

連作も全体的に重々しさはなく、言葉同士のイメージの広がりが楽しい一連でした。

さかずきの中を響ける鈴の音の、渡っておいで、ひとりでおいで 

「鳴門」大松達知 P56

 

「鈴の音」は、上品な陶器やグラスに酒を注いだときに響く、金属的な音でしょうか。

 

連作は酒を飲むシーンから始まるのですが、呼びかけているのは何に対してなのか。「鈴の音」の軽やかな音から、「おいで」の繰り返しになる。

 

内容にはあまり意味はないように思うのですが、軽やかさという点で繋がっているように思います。

 

大松さんの連作はキレがあって、テンポがいいんですよ。連作の中での場面の切り替えが早いな、と思います。

 

今回は食べ物の歌が多いのですが、海胆とか鳴門とか、食べ物を描くときの焦点の絞り方がやはり上手い。

 

失って知るのではない知りながら失うのだと知りて失う  

「食欲」小島なお P76

 

なにかを失う、だれかと離れていく、といったときの過程をあえて言うなら、この歌のようになるのでしょう。

 

失ってからはじめて価値を知る、とはよく言いますが、本当は知ることと失うことが同時進行で起こっていて、そしてついに失うときがくる。

 

リフレインとしても面白く、意味の上でも読者に感覚を納得させる一首です。

 

連作のなかでは、内面の満ち足りない感覚を、「食欲」に重ねているのかな。タイトルも面白い。内面の思索(今回なら「食欲」に象徴される)と、周囲(猫や鴨)とのバランスもいい。

 

    * 


コクーンは現在、30名くらいのメンバーがいるらしいですね。

 

同世代で切磋琢磨できる環境を結社の内部から構築している点、羨ましい限りです。

 

次号以降も楽しみにしております。