波と手紙

小田桐夕のブログ。好きな短歌について。

一首評「椿」

傷つけたことよりずっとゆるされていたことつらく椿は立てり

   江戸雪「空に出会う日 二〇〇二年初秋」『Door』 

 

久しぶりに江戸さんの昔の歌集を読んでいました。

塔に入る前に江戸さんの歌集もいろいろ読んでいたはずですが、今読んだほうが、なんとなく分かるような気もします(?)

日付と詞書のはいった連作から。

この歌の感覚、わかるな、と思います。

自分のいたらなさで相手を傷つけたことよりも、すでに許されていたことのほうが、ずっとずっとつらくて恥ずかしい。

申し訳ないような、恥じ入るような、なんとも居心地の悪い感じがするのです。

「ずっとゆるされていた」なので、かつて相手を傷つけた日からそれなりの日数が経過しているのでしょう。その間、ずっと傷つけていただろうけど、同時に許されていた。

相手の心の広さとか、自分のふがいなさとか、一気に感じてしまって引き受けるのがつらい。

「ことよりずっと」「いたことつらく」の音感の良さ。

句またがり気味の3~4句も、不思議なリズムを作っていて、ともすれば散文的になりそうな言葉遣いでありながら、短歌ならではの気持ちいい一首になっています。

 

すっと立っている「椿」は赤い椿だと感じました。

ぱっと灯るような赤さで、同時になんだか傷の生々しさを思わせる。

「立てり」という締めくくりが印象的で、つらくても居心地が悪くても、それでもすっと立っている。結句のひきしまった感じで、凛とした一首になりました。