波と手紙

小田桐夕のブログ。好きな短歌について。

塔2017年2月号 1

さて、しばらく忙しくしていたので更新止まっていました。
先日の旧月歌会のあとには
美味しいシュークリームを食べていました。
なんとか塔の評を続けましょう。

もうすぐ私は死ぬと言いしか唇のうごきが見えてアレッポの声   吉川 宏志    P2

シリア内戦で反体制派の拠点になっていたアレッポの制圧の際、
多くの市民の犠牲が出たことは記憶に新しい。
ネット上に市民の動画が公開されていて、
それを見たのだろうと思います。
最期を予感しているときの「唇のうごき」を
遠く離れた国で見ている主体。
生々しい「声」を介してしか知りえない現実を切りとっています。

おほかたは偽薬なれど煎じ飲む湯のぬくとさは直接にして   

*偽薬=プラシーボ      真中 朋久   P3

かつて歌会でこの歌の評が私にあたったことがあります。
薬の効能の多くがプラシーボ効果にすぎない、
と冷めた感覚でとらえている一方で
喉の中をながれていく湯の温かさも感じている。
その差異をとらえていて、面白い一首だと思っています。
「直接」という言葉は硬い言葉だけれど、
この歌のなかではとても強い印象を持っています。

ででっぽー眠れんかったんやろお前ぽーぽーぽっぽ小心者や   *者=もん   山下 洋   P3

あぁ、山下さんの歌だなぁ、と思います。
ハトの鳴き声を挟みこむような感じで
短歌の中に詠みこんでいます。
「小心者や」はだれに言っているのか、
ハトの声に託して、
自分に向かって言っているのかもしれない。

てのひらをひらいてみたら死んでゐた雪虫 雪と虫にわかれて    河野 美砂子     P8

冬の訪れを告げる虫といわれる雪虫
ふわふわと飛んでいるけど、わりとすぐに死んでしまう虫だそうです。
雪虫 雪と虫にわかれて」という下の句がとても面白いですね。
特に四句目の「雪虫 雪と」という句割れによって
分離された感じが視覚的にも出ています。

雨あとの苗のごとくに倒れたる付箋は歌集をやわらかくする      永田 紅      P11

歌集を読むとき、気になった歌に貼っていく付箋。
歌集を閉じると、たくさんの付箋が
倒れた苗のように見えたのでしょう。
小説やルポを読んでいても、付箋を貼る機会はありますが
歌集の場合、一首一首がそれぞれ作品なので
付箋を貼った位置には、大事なひとつの作品がある、ということになります。
たっぷりの付箋がついた歌集には
気になった歌がたくさんあるという証。
「歌集をやわらかくする」という能動的な表現で
大事な一冊になった、という満足感が出ています。