波と手紙

小田桐 夕のブログ。塔短歌会に所属しています。         ゆふぐれはあなたのなかに沈みゆくとほき国だと気づいてしまふ

塔2018年6月号 2

出町座に行ったのは、林和清さんと大森静佳さんのトークイベントに参加するためでした。

映画と短歌という興味深いテーマで、

影響を受けた映画について語ったり、

今回のために詠まれた短歌の朗読までありました。

とても内容の濃いイベントでした。

 

甥つ子が社会人になる春が来て昔話のやうに白梅    小林 真代    P28

 かつては小さかった甥っ子がもう社会人になるという。

春は進学や就職の時期でもあるから、話題にもよくのぼり、時間の経過を強く感じることもあります。

「昔話のように」がとてもいいな、と思った歌です。

おそらく前にも見ただろう白梅、この春にも美しい花を咲かせているのでしょう。

甥っ子のようにずっと年の若い親族がだんだんと人生の節目を迎えていく、そんなときにかつての自分の姿や過ぎ去った時間を思い出すのでしょう。

その点をあんまりはっきり説明せずに「昔話のように白梅」という表現にたくして読んでいる側に想像させる、なんとなく感じ取ってもらう表現に惹かれます。

 

吊られゆく鉄骨は1より一に変はりて東風吹く空に収まる    山下 太吉  P41

 工事現場を通りがかった時に見かけた光景でしょうか。

鉄骨という大きなパーツが空中に吊りあげられる最中に、

縦から横に方向が変わることでフォルムの印象も変わって見える。

その様子を「1より一に変はりて」というユーモラスな表現で伝えてくれます。

説明するというよりも、視覚的なイメージを表現することで

読んでいるものに映像で伝える面白さがあります。

ちょっとした遊び心があり、うっかり見逃してしまいそうなシーンを書き留めています。

「東風吹く」なので春から夏にかけての空か。

春の柔らかい色の空に鉄骨、その組み合わせも面白いと思います。

日記帳母にはあれど父になし仕入帳には角文字並ぶ    上崎 智旦 *「崎」は代用しています  P44

(結社誌には最大10首を送って、そのうちのいくつかが掲載されます。)

この歌より前におかれている短歌を見ているとどうもお父さんには、画家になりたいという夢があったらしい。

でも家業を継ぐために画家の夢を捨て、商売に生きた人生だった。

その過去を知って味わうと、「仕入帳」というアイテムはお父さんの人生の記録なのでしょう。

母にはあっても、父にはなかった日記帳。

仕入帳」の中に並ぶ「角文字」の硬質な雰囲気からお父さんの人柄とか性格などまで想像させられます。

「あら、素敵」亡夫の使いいしボールペンすらすら書ける小畑実さま    小畑 百合子    P45

こちらは配偶者をなくした方の歌だと思います。

亡くなった夫がかつて使っていたボールペンを手に取って試しに書いてみたのでしょう。

握り具合や書き心地がよくて、思いのほかサラサラと書けるボールペン。

遺されたアイテムを使ってみることで、過去の時間を呼び戻す面もあるのでしょう。

「あら、素敵」という書きながら思わず言ってしまった感じのセリフや

紙に書きつけた亡夫の名前など、具体的な描写が生きています。

じんわり気持ちが伝わる点と、どこか明るいユーモアがある点でとても印象深い歌になっています。

キルティングコートのキルトひとつ分くらい心を過ぎる死のこと   山内 頌子   P56 

 日常の生活を送っていても、ふっと死のことが頭をよぎることってあるかもしれません。

この歌に詠まれている、心の中をよぎる死は、自分の死なのか、それとも他人の死なのか。

いつか必ずやってくる出来事をちらっと考えてしまう。

キルティングコートのキルトひとつ分くらい」という表現が面白い点です。

キルティングコートのキルトってけっこう細かいので

本当にちらっと思ってしまったくらいなのでしょう。

主体にとってはキルティングコートはなじみ深いアイテムなのかもしれない。

生活のなかで実感のあるアイテムをどう持ってくるのか、そんな工夫も短歌を読んでいて、楽しいところです。