波と手紙

小田桐 夕のブログ。塔短歌会に所属しています。         ゆふぐれはあなたのなかに沈みゆくとほき国だと気づいてしまふ

小島ゆかり『馬上』

『馬上』は小島ゆかりさんの第13歌集になります。

意外な展開や柔軟な発想が随所に見られて、

日常の歌をより豊かにしている印象がありました。

◆日常のなかの異物

白鷺となりて刈田に降りてゐる人あり旅のバスより見たり       P24

 

ゆふぐれの驟雨に濡れて飛び立てる冬の鴉のびいどろのこゑ      P33

 

生まれ来てギイと鳴きをり全身に夏の雪ふるゴマダラカミキリ     P95

 

真白斑の天牛虫のゐるところしいんと涼し夜の空気の   *真白斑=ましらふ    P96

 

     小島ゆかり『馬上』 現代短歌社(平成28年

一首目は田んぼのなかを白鷺が歩いている風景だな、

と思って読んでいると「人あり」となっていて、

ちょっとびっくりします。

人が白鷺の姿になっているという発想は民話のようですが、

「旅のバス」という旅行中に見る光景という儚さがあるから、

変に浮くことなくおさまっています。

二首目は濡れた身のまま飛びたっていく鴉から聞こえる声のなめらかさ。

冬という暖かさを恋う時期だから、「びいどろ」という

ぬくもりのある生地の色合いや艶が美しく脳裏によみがえります。

ひらがなによる柔らかさも効果的。

三首目と四首目はともに「ゴマダラカミキリ」を詠んでいます。

ゴマダラカミキリは全身に白い斑点のあるカミキリムシ。

たしかに雪がふっているかのような模様ですが、

「夏の雪」という矛盾した表現によって異質な存在が際立ちます。

ゴマダラカミキリを見つけたところだけが、

都会のなかでもちょっと別の空気を持っているような四首目。

日常のなかに異質なものを見出す目があります。

 

◆身辺をみわたす

未来まだ白い個体でありし日の真冬のあさの牛乳石鹸        P38

 

背中とはみづから見えぬ扉にてその扉より入り来るか、死は     P54

 

亡きちちの白さるすべり病む母の紅さるすべり夏空たかし       P105

   

      小島ゆかり『馬上』 現代短歌社(平成28年

作者はもう何年も親御さんの介護に追われているらしく、

これより前の歌集にも介護を詠んだ歌が多くあります。

日常のなかに異化作用をもたらす目で、周囲の人物や

その人たちとの関係を詠んでいると、

苦しい日常のなかにすこしだけ余裕みたいな間ができる。

 

一首目は父親が他界する一連である「石鹸」の中にある一首です。

きっとまだ若くて、未来という時間がどんな風にもなりうる

年齢だったころを思い出しているのでしょう。

白さが目に印象的な牛乳石鹸、その白さはまさに

不確定な時間(未来)の具体として、

ありありと読者のなかにも浮かんできます。

自らの身体についても、違う側面からとらえて

見てしまうときがあります。

背中は確かに通常は自分では見えない部分ですが、

背中を”死が入ってくる扉”としたことで

老いや死を考えざるを得ない自分自身を描写しています。

三首目では、もう他界した父の「白さるすべり」と

いま病にある母の「紅さるすべり」を対比させつつ、

暑い夏の空へ視線を動かします。

 

◆社会へのまなざし

さやゑんどう炒めて藻塩少しふるこの指加減をアシモ君知らず     P80

 

ガス室のことよみがへり汚染水の海を出られぬ魚族をおもふ     P111

 

花見弁当ひらけばおもふ ほほゑみに肖てはるかなる〈戦争放棄〉                P173

 

        小島ゆかり『馬上』 現代短歌社(平成28年

さっきまで歌っていたこととは違う要素を

急に出してくることもあります。

歌の題材が豊富で、どうとでも扱える力量の厚みを感じます。

一首目では青々とした「さやゑんどう」から

アシモ君」というきわめて現代的なアイテムがひょいっと出てくる。

そのあとには介護ロボットの歌が出てくるので、

他の歌となじませつつ、新しい題材にも意欲的です。

人間の指先の動きや塩加減の感覚と、

ロボットの動作のその差異を描きつつ、

来たるべきロボットの活躍する時代へと考えが及びます。

時には現在進行中の現実がいきなり

連作の中に浮上してくることがあります。

原発の汚染水が入り込む海中と、

かつての強制収容所でのガス室とを重ねることで

過去の歴史的な出来事と現代とが接続されます。

逃げることができないままで危険にさらされる

魚族という存在から、次第にまた人間の姿へ

考えが及んでしまいます。

「花見弁当」から連想されるのは、春ののどかな風景ですが、

その後に続くのは憲法改正への懸念です。

「ほほゑみに肖てはるかなる」はもちろん、

塚本邦雄本歌取りであり、

美しいけど永遠に憧れで終わるかもしれない

理想への思いにもなっています。

花見弁当からの思いきった飛躍に驚きます。

 

 

見慣れている日常のなかからつかんでくる、

歌を成立させるポイントが鮮やかです。

きっかけはささやかな点にあります。

飛びたつ鴉一羽や天牛の模様がもつ特徴であったり、

普段はあんまり意識しない自分の身体であったりします。

そこにどれだけ詩の要素を見出せるのか。

小島ゆかりさんならではのユーモアも感じさせつつ、

どう詠んでも短歌を成立させてくる力量がすごくて、

読んでいて引き込まれる歌集です。