波と手紙

小田桐夕のブログ。好きな短歌について。

塔2017年10月号 2

二人きりで生きてきたとでもいふやうに父と母ゐて墓買ひしを言ふ   小林 真代    P24

「二人きりで生きてきた」ということはないはずだけど、

でもそのような雰囲気でいる両親。

子にあたる主体にしてみたら寂しいし、奇妙な感じだろう。

「墓買ひしを言ふ」は年老いた両親の締めくくりなんだろうけど

それにしても寂寥感がある。

ゆうぐれの御箪笥町に雨の降る濡れゆくシャツの透きとおるほど

 *御箪笥町=おたんすまち        谷口 公一      P25

「御箪笥町」とは面白い地名だな、と思いましたが

江戸時代に武器を扱った箪笥奉行に由来する町名なんですね。

面白い由来を持つ町にかなりの雨が降っているみたいで

「濡れゆくシャツの透きとおるほど」で

その激しさがわかります。

雨に濡れた布の感じが目の前に浮かんで

夕暮れの街に重なるので、とてもきれいな幻想を見ているようです。

レモン色のバスが町へと走りゆき炎天の道路ひとすぢ光る       林 はるみ   P34

まだ暑い夏の最中の光景です。

「レモン色」という表現がとてもきれいでさわやか。

強い日差しの中でバスの色がよけいに強く印象に残ったようです。

「ひとすぢ光る」がよくて

バスの車体のフォルムが光を反射しながら

走る様子が浮かびます。

つきとばすは月とバスに変換され夏の眠れぬ夜を照らせり        白水 麻衣      P40

夏に寝苦しいのか、なんだか眠れない。

眠れないときにスマホをいじりだして、

文字を入力していたときに奇妙な変換になってしまった。

「つきとばす」は突き飛ばす、だったのだろうけど、

「月とバス」になってしまった。

蒸し暑い夏の夜におこった小さいミスなのだけど、

月の光や夜道を走るバスがイメージとして浮かんで楽しい歌。

ちょっとどこかに旅に出たくなるような雰囲気を持っています。

見えぬものは見えないままにそのひとの海の暗さを告げられている     大森 静佳    P52

「そのひとの海の暗さ」は相手の内面の傷とか

普段は隠している気持ちだろうと思います。

いまはっきりとは理解できないままに主体は

だれかの内面の暗さを黙って聞いている。

他者の抱える深い暗さは、そう簡単に見えないもの。

「見えぬものは見えないままに」はちょっと不気味で

でも仕方のないこと。

黙って聞くしかないシーンだと思います。