波と手紙

小田桐夕のブログ。好きな短歌について。

塔2017年10月号 3

お元気そうと言われて一旦停止する気持ちを端から三角に折る   丸本 ふみ  P62

お元気そう、と他人から言われても

案外そうでもないと主体はわかっている。

「一旦停止」はやや硬い言葉ですが、かちっと固まった感じが出ます。

「三角に折る」という点が面白く、

ちょっと納得いかない気持ちを自分の内面だけで

処理しようとする描写としてうまいと思います。

これが「少し折る」ではだめだし、「四角に折る」でもダメ。

「三角」という尖った破片のようなイメージを持っているから

いいのでしょう。

真心を運べと書かれたマニュアルの真心の文字角張っている   北山 順子  P78

配達についての一連になっていました。

配達のマニュアルに載っている「真心を運べ」の文字、

その文字が角張っていることにきづいた主体。

「真心」というと普通はあたたかいもの、ふんわりしたもののように

思いますが、ここではかっちりとした書体に注目して

通常のイメージとのギャップが出ています。

わたすげのこぼるる風に銀色の電車涼しく曲つてゆけり     福田 恭子   P89

「わたすげ」は7月くらいに見られる、白い綿毛が印象的な植物。

ふんわり柔らかい綿毛や風の動きのなかを

電車が走る光景を美しく詠んでいます。

電車なのに「涼しく」曲がる、という描写が面白いところ。

「銀色」という車体の色もあって、

「涼しく」という言葉が出てきたのかもしれない。

すっとなめらかに曲がっていく電車の動きや

車体に沿う光の動きがイメージできます。

ねえ君と僕は似ているみたいだね煮干しを置いた路地裏の隅   濱本 凛   P106

「煮干し」という言葉に立ち止まってしばらく考えていたけど、

この「君」は猫だろうな、と気づきました。

ちょっと顔見知りになった猫に煮干しをあげようとしているのかもしれない。

「路地裏の隅」でこっそり仲良くなったんだろうな、とか

思いつつ猫に親近感を抱いている様子を思います。

猫とははっきり出さずに想像させたのがいいな、と思います。