波と手紙

小田桐夕のブログ。好きな短歌について。

一首評「創」

てのひらをひらけば雨は白銅の硬貨の創を潤ませてゆく  *創=きず 

 梶原さい子「日本人墓地」『ナラティブ』P120

 

ロシアに訪れた様子をつづった連作「極東ロシアへ」は、『ナラティブ』のなかでとても印象深かった一連です。

 

梶原さんの旅行の歌、私はとても好きなのですが、ロシアへの旅行はおじいさまのシベリア抑留の体験とからむため、とても重い意味があります。

 

取り上げた一首は、日本人墓地でお墓参りのために菊の花を購入しようとしたシーンの一首。

 

降ってきた雨が、硬貨の創(きず)を濡らしたのでしょう。使い込まれた硬貨なのか、小さな傷があったのかな。

 

冷たい雨と、手の中の硬貨のひんやり感。傷を濡らすのではなく「潤ませてゆく」という描写が印象深い。なんだか乾いていたものに沁み込んで、恵みを与えるような慈愛がある。

 

かつておじいさまが過ごしたロシアの広大な大地のなかで、孫である主体が佇むのはハバロフスク日本人墓地。

 

戦争とか震災とか、たくさんのつらい経験を見聞きしてきた作者が、どう言葉に変えていくのか。私はそれを見届けたくて、梶原さんの歌集を何度も読む気がしています。