波と手紙

小田桐夕のブログ。好きな短歌について。

一首評「草」

ひかりはかぜかぜはかがやき草のなかにうしなひしものそのままでよし

 真中朋久「ひかり」『cineres』P164

真中作品では、ひらがなを多用した歌には大きく分けて2種類あるみたいで、こちらは柔らかい雰囲気のある歌。

 

ひらがなの柔らかさの効果もあり、ゆっくりと眼で追うと、歌の意味や心情がだんだんと伝わってきます。

 

もう一方は、けっこう怖い雰囲気を纏っていて、例えば次のような歌があります。呪文めいていて怖い、怖い。

 

おほかたはのろひのことばみみもとでほめそやすこゑはことさらにして    

 真中朋久「ひかり」『cineres』P169

 

一首めの歌にもどります。

 

どこか草原や土手にでもいるのか、春から初夏くらいのひかりや風が気持ちいい季節をイメージします。

 

連想のように「ひかりはかぜかぜはかがやき」と続いて「草のなかに」、失ったものは「そのままでよし」と結びます。

 

「草のなかに」なので、日光のあまりあたらないどこか薄暗い混沌のイメージもあるかな、とも思います。失ったものがなんであったのかは、具体的には分かりません。

 

ただ確実に言えるのは、生きている最中に、私たちはさまざまなものを失います。諦めたこと、手に入らなかったもの、切り捨てたもの、別離。

 

喪失にともなうダメージが大きければ大きいほど「そのままでよし」と言えるまでには時間がかかります。

 

気持ちのいい光や風、輝きのある風景のなかで、かつて失ったもの、離れたひと、喪失の経験を受容していくのか肯定していくのか。

 

「そのままでよし」にたどり着くまでの葛藤や時間の経過を思いつつ、その言いきりのすがすがしさを受けとめたい歌です。