波と手紙

小田桐夕のブログ。好きな短歌について。

塔2019年3月号 5

塔3月号の評はこれで終わり。

塔4月号はかなりボリュームがあるので、ゆっくり読みます。選とか評はお休みするかもしれません。

 

 

空の青に柿・柿・柿の光りをり娘に送らむ空気も詰めて
中村みどり      P157

庭に立派な柿の木があって、かなり実がなっているのでしょう。採った柿をはなれて住んでいる娘さんに送ってあげる。

「柿・柿・柿」という描写によって、たくさんの柿が光を弾きながら実っていることを思わせます。段ボール箱などに柿を詰めるときに、家の空気や庭の空気も一緒に詰める、という発想が家族らしい感覚です。

離れて住む家族に荷物を送る、という行為はよくあることですが、何をどんな風に送るのかという描写によって、その家族ならではの一首になっていきます。 

きみが持つ鳥の名残の骨格をどこに秘めたかなぞれずに夜
梅津かなで     P160

 「鳥の名残の骨格」は、人間が隠し持つには異物でしかないものだけれど作中主体にとっては、きみだから持っている魅力や異質な点の比喩なのでしょう。

けれど、今夜はどこに秘めたのかわからないままで、「なぞれずに夜」を過ごすらしい。秘めているというのは、自分の内心に秘めているのか、それとも相手に触れるのか、ちょっと判断に迷いました。

自分の内心に秘めていると考えると、相手の存在が自分のなかで薄れているように思うし、相手に触れることができないなら、相手とは離れた位置にいて距離がある、という発想になるし。その点はもうすこしはっきりしてもよかったかな、と思います。

助手席に雪の眠たさ こんなにもとおくの町で白菜を買う
長谷川 麟    P166

わざわざやってきた、普段住んでいるところからはかなり離れた場所で白菜を買ったらしい。

初句、二句におかれた「雪の眠たさ」とは奇妙な表現です。車の助手席には、だれかいるのか、いないのか。私はいない、と思いました。

自分で運転してきた自動車の助手席には、冬の空気の冷たさや重さがあるんじゃないかな、と思います。冬の空気のひんやり感や動かし難い存在感を言っているのかもしれない。ちょっと読みに迷うのですが、季節や空気の描き方として面白い表現です。