波と手紙

小田桐夕のブログ。好きな短歌について。

『COCOON』19号

コスモス短歌会の若手による同人誌「コクーン」19号から、印象に残った作品を取り上げたいと思います。

 

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ダウ平均株価三万ドルの音させてボウルに卵溶く朝

ねずみ小僧すなはち義賊、金持ちの金品ぬすみ貧しきへ運ぶ

  久保田智栄子「傘二本」

異質なものの組み合わせは面白く、この歌では「ダウ平均株価三万ドル」という経済の用語と、ボウルに卵を溶いているという台所での行為との結びつきが意外で、どんな派手な音かな、と考えてしまう。

 

一方で、一首の中で無くても良さそうな説明が入っていることがあると思いました。「ねずみ小僧すなはち義賊」の後から、義賊の説明になっているあたりが残念。

 

胡蝶蘭分厚く白い質問があなたに嘘をつかせてしまった

 中村恵「ストーリーモード」

「あなた」は連作の内容を見る限り、夫かな。存在感のある「胡蝶蘭」の見た目から「質問」へのつなげ方が面白い。質問によって嘘の答えを引き出したことにわずかな後悔を感じます。

 

一年目の私になぜか席があり入試運営 海に行きたい

 清水佑太郎「ハチイチヨン」

受験会場での先生の立場から詠まれた一連。一年目の先生にも運営の仕事が回ってくる現実と、内心での「海に行きたい」という願望。一字空けることで現実と内心との距離を感じさせつつ、やっぱり現実からは逃げられない。

 

一連の流れが、あったことそのまま過ぎるかもしれないが、面白く読みました。「ハチイチヨン」という受験番号を使ったタイトルもいい。全体に一字空けが多いけど、2首目以外はいらないかも……。

  

喩えつくされた裸はどこへゆくの浴槽に身を沈めゆきたり

 小島なお「中村と橋本」

身体と心の関係について思索を深める、という発想は今回も出ています。

 

「喩えつくされた裸」は自身のことだろうか?若い時から注目されてきた存在として、この表現には哀しみや疲れがある、と感じました。

 

べつに自身のことでなかったとしても、何かの比喩として使われ続けた身体への労りや痛ましさなどがあり、静かだけどかすかな怒りがあるのではないか思うのです。

 

ほうき星だった頃から比べれば随分落ち着きましたね君は

 島本ちひろ「線香花火駅」

全体にメルヘンな要素があるんだけど、甘すぎない世界のある一連。かつての勢いやパワーに比べると、随分とおとなしくなった相手へのセリフになっている一首。

 

一連全体に手放すもの、変わっていくものへの注目があって、空想の世界の中に実感を込めています。

 

姪つこに慣れた小鳥よ姪つこは冬をしづかな鳥の名をもつ

 有川知津子「追啓」

小鳥と姪っ子は似ている存在。姪っ子の名前の中にも鳥がいる。「冬を」の「を」の使い方がいいと思います。静寂な季節やその中で過ごす鳥の生命など、色んなイメージが浮かんできて興味深い。

 

抽斗のすみの鋏はみずからの光を消してひかるとき待つ

 大西淳子「十時十分」

実際には光が当たらないから光っていないだけなのだけど、出番を待つような鋏の冷たさや静かさが印象的。鋭利な鋏だからこその怖さがあって、待ち伏せというか、ちょっと狡猾な雰囲気すらある。

 

たつぷりと紺のウールのコート着て体の軸は天に吸はるる

 斎藤美衣「冬の海」

分厚いコートに包まれている身体だけど、中心たる軸は自己の思い通りにならないあたりに、自身を小さな存在として捉えているのでしょうか?「天に吸はるる」の感覚が面白く、地上にいながら、人にあらざるものの力を受けている感覚がある一首。

 

連作の最後の2首で乳がんの検査について詠んでいますが、配置を中ほどに変えてもいいんじゃないかな?と思いました。ラストで急に出てきて、そのまま終わるのがよかったのかどうか・・・。

 

ときどきはおほきな魚とすれちがふ雨のヴェールをひとつ隔てて

 杉本なお「塗るだけ」

一首目で、電話かオンラインツールなどで会話をしている相手がいるらしいことが分かります。それぞれの地域の天候が違っていて、雨はわたしの立ち位置を覆う存在。

 

空想の中で魚(寂しさの具体化かもしれないけど、限定はしない)とすれ違う。天候と心理が溶け合っていて、幻想的。

 

細かい雨が降るさまを「雨のヴェール」と表現していると思うのです。薄くても隔てる存在を確かに感じていて、寂寥感があります。

 

雨の日にわたしのまへにあらはれる睫毛しづかな雨のひとたち

 片岡絢「雨のひと」

こちらも雨の歌です。ちょっと不思議な一首。雨の擬人化とも違うか。それぞれの人が雨の雰囲気を纏った状態かな、と思いました。

 

雨の時のしっとりした感じや、ひんやりした雰囲気を漂わせて、その日を過ごす。多忙な暮らしの中にも、ちょっと違う雰囲気で過ごす日もある。そんなふうに読みました。


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コクーンは次号で20号になるんですね。区切りの号なので、充実した内容になることを楽しみにしております。