波と手紙

小田桐夕のブログ。好きな短歌について。

一首評「影」

影を持つもののみがさびしさの影を曳く 蠟梅のめぐりにひかりは沈む

永田和宏「お母さん似」『午後の庭』P148

蠟梅はちょうど今頃咲いている、きれいな黄色の花。寒い季節なので、明るい色や美しい形、そして香りでとても存在感があります。

 

「影を持つもの」とは、少し迷いましたが、この世に生きているもの、生者かな…と思います。生きているからこそ、時に「さびしさの影を曳く」こともある。

 

美しい蠟梅の花ですが、そのまわりに「ひかりは沈む」とあります。「沈む」という動詞にも、少し陰りがあります。深々と光が射し込んでいる描写なのでしょうけど、もっと重みがある感じ。

 

生きている者が抱える喪失感や寂しさ、暗さ。それが歌集全体のトーンですが、ちょっとした明るさやユーモアも印象的な一冊でした。

一首評「光」

ひかりにはあるべき光と添ふ光おのづからにして簡明ならず

「あるべき光と添ふ光」『置行堀』永田和宏 P135

ひとつ前に置かれているのが

夕光にでこぼこ見えて水の面を風渡るなり ひと日とひと世

*夕光=ゆふかげ 面=も

水面にキラキラと反射している光や表面を撫でていく風を詠んでいます。

一字あけて結句の「ひと日とひと世」のなかの、一日と一生の時間の対比が印象的。

 

光にも種類があって、そこにあるべくして存在している光と、添う光があるという。

光の差は、おのずから発生しているけど、「簡明ならず」なので、実は簡単、単純ではない。

 

同じように見える光でありながら、よくよく見れば確かな差がある。

じっと見ることによって、気づく力が身につくのかもしれません。

僅かな差を捉えるのは、見る側の力量に依るものでしょう。

 

   *

新年早々、災害などでなかなか大変な年になりそうです。

 

私も自分にできること、できないこと、やるべきこととそうでないこと。

気持ちを込めて今年を過ごしていきます。

皆さんにも有意義な一年になりますように。

 

一首評「犬」

日だまりを海としその身横たふる犬よ大陸のごとき呼吸よ

ヴィオラと根菜」『翅ある人の音楽』濱松哲朗 P154

暖かな日だまりと犬の組み合わせは、なんとも長閑。ひとつ前に

 

上向きの蛇口に口をすすぎつつ冬の日向の公園にゐる

ヴィオラと根菜」『翅ある人の音楽』濱松哲朗 P154

があるので、その公園でたまたま見かけた景色かな、と思います。

 

日だまりを海、犬の呼吸の様子を大陸に見立てています。きっとわりと大きな犬で、日だまりのなかでその体を横たえてリラックスして眠っているのでしょう。

 

犬のゆったりとした呼吸に伴い、お腹がふくらんでへこんで、の繰り返し。それだけの光景ですが、比喩の効果もあっておおらかな雰囲気が心地よい。

 

一首評「画布」

いづかたの岸にも着かずたゆたへる長き月日を画布に見てをり    

「不在の在」『たましひの薄衣』菅原百合絵 P118

ひとつ前に「モネの描く池」を詠んだ歌があります。池には捨てられた小舟。

 

小舟はもうどこの岸にもつかない。

 

この歌の中で見ているのは、小舟や水ばかりではなく、画布の中に閉じ込められた歳月。

 

一枚の画布には描かれたあとの時間が凝縮されています。画家が切り取った、水辺の風景と、その後の時間。

 

しばらく見ている間に、絵の世界に馴染んでしまって、現実にもどってくるのに時間がかかりそう。

 

美意識で構築された本歌集の中の時間はとても静謐で豊か。ゆっくり何かと向き合う。そんな対象を持つことの豊かさを感じます。