波と手紙

小田桐夕のブログ。好きな短歌について。

一首評「観覧車」

少しずつ秋空削りて降りてくる巨大な観覧車のゴンドラは

三井修「地磁気」『海図』P40

 

たくさんのゴンドラを伴って観覧車が降りてくる様は、ダイナミック。

 

秋の空は透明感があって高く見えるし、その空中を回転しつつ観覧車が降りてくる様子を「秋空削りて」としたことで、奥行きや高さが見えるようです。

 

「削りて」が意外な動詞で、観覧車の動きによって傷をつけられる、と考えると空には無数の傷がありそうです。

 

「巨大な観覧車の/ゴンドラは」意味的には/の位置で切れるし、四句目が大きな字余りだと思いました。四句目に重量がある感じ。

 

秋の澄んだ空気感や、回転してくる観覧車のゆっくりした動きなど、見覚えのある光景をあらためて自分の中で再生しつつ、味わえる歌です。

『軍医の見た戦争 ― 歌人米川稔の生涯』を聞いて

8月12日に野兎舎主催のオンライン講座『軍医の見た戦争 ― 歌人米川稔の生涯』を拝聴しました。

 

今まで私は3年にわたって、松村正直氏の戦争を考える企画を聞いてきました。

 

一昨年、昨年は松村正直氏の『戦争の歌』(笠間書院/2018年)をテキストとして用いて、戦争について詠まれた歌をめぐって考察する内容でした。

 

●戦争の歌の感想はこちら

odagiri-yu.hatenablog.jp

 

3回目の今年は、軍医として太平洋戦争に従軍した米川稔が残した短歌とその生涯を通して、戦争について考える企画でした。

 

米川稔が、歌誌『多磨』に参加していたことや、宮柊二との交流があったことから、今回はコスモス短歌会の会員さんが多かったかな。

 

40代なかばにして、軍医として激戦地ニューギニアに赴いた米川。確証はありませんが、最終的には自決したらしいとも言われています。

 

食料や物資のない、飢えと病気が蔓延している極めて過酷な状況。日本あてに送られた米川の郵便には、具体的な歌集の構成と、歌集に収録してもらうための短歌が多かったらしく、それらの資料を見ていて、私は執念を感じました。短歌のかたちを取った遺書だな、と。

 

それらの郵便が多く現代に残されたことの幸運と、戦局が悪化してからは郵便事情のために失われた手紙もあっただろうということの無念を、松村さんがおっしゃっていたのが印象に残りました。

 

講座では、米川の生涯とその作品の紹介が主でした。コスモス短歌会の主宰であった宮柊二との関わりは、松村さんのブログに記事があります。

 

米川稔と吉野秀雄、宮柊二、大佛次郎: やさしい鮫日記

 

米川稔、宮柊二、北原白秋: やさしい鮫日記

 

宮柊二について詠んだ米川稔の歌: やさしい鮫日記

 

兵士として戦闘に参加し日本に帰ってきた宮柊二と、軍医としてニューギニアで死亡した米川稔。米川の短歌も、戦争によって翻弄された個人が残した一つの例なのでしょう。

 

matsutanka.seesaa.net

 

ということなので、松村さんから米川稔について、またそのうち興味深い話が聞けるのではないかな、と期待しています。

宮柊二記念館は私もそのうち行きたいのです。ちょっと遠いけど)

 

一首評「向日葵」

研究者になるまいなどと思ひゐしかのあつき日々黒き向日葵       

真中朋久『雨裂』「丹波太郎」P15 (砂子屋書房 現代短歌文庫)

向日葵を詠んだ歌の中で、とても印象的な一首。既存のイメージを逆転させたような、画像の白黒を反転させたような強さがあるのです。

 

「黒き向日葵」はもしかしたら、すでに枯れて種びっしりになった状態なのかもしれませんし、そういう色味の品種なのかもしれません。

 

それでも、明るいイメージではないところが妙に気になったのです。

 

「研究者になるまいなどと思ひゐし」という意思も、とても強い。そういう進路もあり得たのかもしれないけど、自分の意思で除外したのでしょう。

 

夏の暑い日々、強い日差し、黒い向日葵。「なるまい」という断言。

 

複数の強烈さが一首の中に存在していて、かつてあった夏のひとつとして、時折思い出す歌です。

一首評「影」

影のなかは影しか行けぬ 旧道のけやきに夏がめぐつてきたり

梶原さい子「白きシャツ」『ナラティブ』P129

暑い夏には、影もひときわ濃い。「旧道のけやき」という、おそらく馴染みのある風景の地面には、けやき並木の濃い影が連なっているのでしょう。

 

主体が旧道を歩いているとき、地面の木の影になじむのは、歩いている人の影のみ。

 

樹木の動かない影に、歩くひとの動く影が重なって「影のなかは影しか行けぬ」で、境界がなじんでしまう影を思い浮かべます。

 

夏という季節ならではの明暗の強さを描くことで、読者の中の夏の暑さや鮮明さを呼び起こします。