波と手紙

小田桐 夕のブログ。塔短歌会に所属しています。         ゆふぐれはあなたのなかに沈みゆくとほき国だと気づいてしまふ

塔2017年4月号 3

スーパームーン、バームクーヘン長音は耳からひとを幸せにする     福西 直美    77

なるほどなぁ、という感じで楽しく読みました。
「長音」をたくさん含んだ名詞の楽しさを
「耳から」幸せにつながる、とした点がとても面白い。
誰かが発した音声を聞いていて
月の美しさやお菓子のおいしさを
思い浮かべるプロセスを想像して楽しくなります。

レンジ台でマグはゆっくり回りだす陽を受く園のカップのように      宗形 光     98

こちらも読んだときになるほど、と感心した歌です。
レンジの庫内にたぶん複数のマグを置いたんだろう、と思います。
マグが回る様子と遊園地のカップがくるくる回る様子とが
重ね合わされていて、ちょっと楽しい雰囲気になっています。
「受く」は終止形なので、「受くる(受ける)」の方がいいでしょうね。

窓といふことばの際で読む本に冬の陽射しがさしてまぶしい     新井 蜜      100

上の句の工夫がいいと思います。
「窓のそばで」ではなく「窓といふことばの際で」としたところが
印象的で、なんとなく心象風景のようにも思えます。
「際」という一文字が強くて、ひとつの場所に
ぎりぎりとどまっている感じがします。
仮に心理描写だとすると
追い詰められたような心理だから
「冬の陽射し」は余計にまぶしさを感じるのかもしれません。

やさしさを飴のようには配れない自分を好きになって半年     小松 岬      115

職場などで飴のように小さなお菓子を配ることがあります。
値段も高くないし、ちょっとしたおやつとして全員に配ります。
でも優しさはそんな風に配れない。
主体はそんな自分の特徴をわかっていて
それでも好きだ、としています。
「半年」というのがなかなか微妙な日数です。
たぶんそれより以前はどこかで
器が小さいな、などと思ったこともあるのかもしれません。
でもいまはそんな内面を受けて入れている。
まぁ、そんなものだ、という達観みたいな感じかな。
ささやかなたとえですが、
人間の内面のちょっとした変化を詠んでいます。

仏語では卵をうふと言ふらしくうふふうふふと卵を見つむ       永山 凌平    123

フランス語で、卵はœuf。
ひらがなで書くと、なんだかかわいい。
日常の見慣れた食材を外国の言葉ではどういうのか
知ったときのなんだか不思議な感じを
楽しい一首にしています。
「うふふうふふと」は笑うときの表現ですが、
「うふ」という言葉と掛詞っぽい工夫がされていて
ユーモアのある歌です。
ただこの表記、日本語の「うふふ」に
寄せた表記だということはわかるのですが、
仏語の「うふ」の響きの良さを信じて
「うふ うふ うふと」などとしてみる手もあったのではないかと思います。
どちらが正解とも決めにくく、難しいところですね。