波と手紙

小田桐夕のブログ。好きな短歌について。

塔2017年4月号 2

作品1から引いていきます。

バスが来るまでの時間はバスを待つ大きな鞄のひとつ後ろに       荻原 伸    27

「バスが来るまでの時間はバスを待つ」とは
当たり前なのですが
けっこう長い時間待つ必要があるのかな、とも思います。
バス停で並んでいるときに
前の人が「大きな鞄」を下げていたのかな、と思います。
「大きな鞄」は旅行などに出かけるための荷物かもしれない。
バスに乗った後にも長い時間をかけて
どこかに行く人の移動を想像させる余地があります。

栂ノ尾で急にさびしくなつたなあバスとは常にさういふもので     西之原  一貴     33

こちらもバスの歌。栂尾山高山寺の周辺みたいですね。
バスに乗っていて、ある場所を境にして急に人気がなくなったのか
実感のこもった詠み方になっています。
会話体の言葉が効果的に使われています。
「バスとは常にさういふもので」といういいかけの結句で
宙ぶらりんな空虚さが出ています。

誰彼に好かれるよりも静かなる時間のなかの冬の景色よ       徳重 龍弥       37

「誰彼に好かれるよりも」という言葉で
「冬の景色」への憧憬がよく伝わります。
結句まで続く言葉のながれで
読み手がそれぞれのなかの冬の景色を
辿れるのではないでしょうか。

鏡にもたれ双子のように見える友鏡の方に声をかけたり    北辻󠄀 千展      42

友人が鏡に映っている様子をたしかにそうなんだけど
「双子のよう」とは面白い表現です。
友人そのものにではなく、
「鏡の方に」声をかけるという行動によって
なんとなく他者との距離の取り方
みたいな部分にまで想像が及びます。

三人が四、五、六階のボタンを押し初出勤のひと日始まる      清水 良郎      48

年始の仕事始めだと思いますが、
エレベーターの中で違う階に止まるようボタンを押しています。
多くの数字が詠みこまれていて
数え歌の面白さがある一首です。
順序良く並んだ数字を見ていると、
またかっちりと予定の決まった毎日が
過ぎていくことを想像します。

トースターの小窓に映る夕あかね消ゆるまで待つ人抱くやうに     大河原 陽子     55

台所にあるトースターの小窓、
夕ぐれの光が映っている様子を見ているのでしょう。
トースターというちょっとレトロな器具のせいもあって
なんだかノスタルジックな雰囲気があります。
注目したのは「人抱くやうに」という結句。
消えていく光と親しい人の面影がかさなって
哀愁のある一首になっています。