波と手紙

小田桐夕のブログ。好きな短歌について。

塔2017年4月号 4

同僚に勝手にしろと言うた日は猫のポーズがうまくできない     山名 聡美    126

そうか、同僚にそう言ったか・・・・・
明日からちょっと心配ですね。
「言うた日」という言葉が印象的で
言ってしもうた、みたいな感じが出ています。
「猫のポーズ」はヨガのポーズだと思いますが
四つん這いになって猫みたいに背中を丸めたり反らせたりするポーズ。
たぶん習慣としてやっているだろうヨガのポーズが
うまくいかない、という具体的な描写で
しくじったな、という感覚を表現しています。

記憶にも肩巾はあり病室にベッドはひとつ空きとなれるを     篠原 廣己    127

おそらく亡くなってしまったために
病室のベッドが空いた様子を詠んだ歌はいろいろあるとは思うのですが
この歌では「記憶にも肩巾はあり」という初句と二句で
そこにいただれか、という存在をくっきりと立ち上げています。
シーツの上に残っている肩巾のあとでしょうか。
いなくなった、という現実を的確に描いています。

 綺麗事ときれいなことは似てるけどインクの染みる加減が違う     高松 紗都子    142

たしかに「綺麗事ときれいなこと」は似ています。
でもその違いを「インクの染みる加減」で表した点が
独自の発想です。
どちらにどんなふうにインクが染みていくのか、
たぶん想像する人によって違うのでしょう。
その違いが、読者のなかの二つの違いだと思います。
私にとっては、「綺麗事」は表面ツルツルで、インクはそんなに広がらない、
「きれいなこと」にはインクはふわっと広がる、そんな印象ですけどね。
触発されるイメージが面白い一首です。

散髪を終えればシャツの襟元はささやかに濡れ魚になりぬ        石松 佳     149

散髪のあとにシャツの襟もとが少し濡れていることに気づいたのでしょう。
洗髪のときの水かな、とは思いますが
結句の「魚になりぬ」で詩情ある一首になりました。
日常のなかにちょっとした詩の瞬間があることを
うまく切り取っています。
サ行の繰り返しや、下の句のア段音の多さが、
スピード感と解放感のあるリズムを作っています。

農道に褐色のいなご轢かれゐき生き残りたるすゑに死ににき     篠野 京      150

人によって轢かれてしまったいなご、
厳しい自然のなかで「生き残りたるすゑ」の死であることに
現実の皮肉が見て取れます。
「農道」「褐色」といったムダのない描写で
小さな死を見つめている歌です。

野の種をつけしズボンを履くごとく新年はまた空より降り来    東 勝臣  158

雪が降ってくる様子を詠んでいると思うのですが、
「野の種をつけしズボンを履くごとく」で
とても素朴な感じが出ています。
小さな種がついたままズボンを履いて
ぱらぱらと種がこぼれる様子と
新年の雪が重なっていて
イメージを広げやすい一首です。
「雪は」ではなく「新年は」とした点も興味深く
新しい、改まるということを強めたかったのかもしれません。