波と手紙

小田桐夕のブログ。好きな短歌について。

一首評「無知」

桜吹雪 つよい怒りを脱ぎ捨ててどの無知よりもつややかでいる

            工藤玲音「ほそながい」『水中で口笛』

 

工藤玲音さんの第一歌集から。言葉のもつ弾力を感じる歌が印象に残りました。

 

この歌なら、下句の「どの無知よりもつややかでいる」。

 

「無知」は本来、悪い意味で使われることが多い言葉ですが、この歌のなかでは開き直って肯定的。しかも「つややか」であることで、美質のような存在感。

 

上句では「つよい怒りを脱ぎ捨てて」とあるので、感情が大きく揺れた結果として開き直り、いっそ無知であることも肯定してしまうしたたかさを感じます。

 

一首のなかで初句切れの「桜吹雪」、「脱ぎ捨てて」「無知」などけっこう強めの言葉が配置されている点は私は気になるのですが、それでもなおこの歌には惹かれました。

 

一首のなかに発想の面白さや勢いがあって、全体として楽しい一冊です。

 

松村正直評論集『短歌は記憶する』

かなり以前の話ですが、短歌の評論を読むことに対して、私のなかでやや苦手意識が強かった時期がありました。

 

難解な文章もあり、私がいまひとつ内容についていけないだけなのですが、読んでいて面白い、とはなかなか思えなかったのです。

 

評論も面白く読み応えがあるものだな、と実感させてくれた1冊をあげるなら、松村正直著『短歌は記憶する』になります。

 

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塔2021年1月号 2

塔に掲載された時評とか書評などの感想を、ときどき書いていってみようかな・・・と思います。

 

1月号は、誌面時評(2ヶ月前の塔の企画や内容を振り返る評)の担当者が変わるタイミング。2021年1月号からは浅野大輝さん。適任だな、と思います。 

 

 

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一首評「芯」

知りたいと思わなければ過ぎてゆく 林檎の芯のようなこの冬      

 小島なお「心の領地」『展開図』P109

 

冬にかかる、林檎の芯の比喩は奇妙な感じ。林檎の「芯」なので、周りを削り取られた残骸みたいなイメージが浮かびます。

 

でも、心もとない状態を感じ取り、何かを「知りたい」という欲求が中身を豊かにする予感があって、冬の中にいる不安と同時に、知らないものへの視線や希求もあるんじゃないか、と思います。

 

知らなければ遠いまま過ぐ林檎の芯のようにひとりが好きで 一月

 小島なお「多く心の領地」『コクーン11号』P71

 

こちらがもともとの歌。だいぶ変わってますよね。こちらでは、「林檎の芯のようにひとりが好きで」と続くので、自分の中の孤独を肯定的に捉えているように思います。

 

真冬にぽつん、と取り残されたような林檎の芯。

 

孤独を受容しつつも、過ぎ去っていく時間への愛惜を感じてしまう一首です。