波と手紙

小田桐夕のブログ。好きな短歌について。

吉川宏志 『海雨』

吉川宏志氏の第三歌集。

久しぶりに読み返していて、初めて読んだころのことを思いだしました。

まだ結社に入っておらず、好きな歌人の作品を

図書館などで探しているときにこの一冊も読んだなぁ。

まだ短歌について手探り状態だったときに

よくノートに書きとめていました。

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塔2018年2月号 5

その先に海はあるはず右へゆく道のかなたを一瞬思う    吉原 真   P159

今回の若葉集のトップにおかれていたのが吉原さんの歌でした。

どの歌も魅力的と思いつつ、どれか一首引こうと思っても

はっきり決まらなかった。どうしてだろう。

「右へゆく道」の先に思いをはせながらも、

実際には進まない主体。

直接は見ることのない海なので

かえって想像のなかで膨らみそう。

現実には行くことがなくても、ある場所に

心惹かれる瞬間というのはあるものです。

やわらかい言葉を使いながら、

今後どんな作品を詠んでくれるのか楽しみです。

吹き出しに名前をつける これはふわ、これはギザ、なら、これは真実   

とわさき芽ぐみ       P166

漫画の表現で欠かせないのが、吹き出し

いろんな形があり、キャラの心理や状態を示すようになっています。

この歌では「吹き出し」と言ってはいるけど、

漫画を読んでいるわけではなくて、

現実の自分たちがしゃべっている会話の内容を

分類しているのかもしれない。

柔らかいフォルムの「ふわ」、とんがったフォルムの「ギザ」ときて

「真実」というのは言わないほうがいいかもしれない本音なのでしょう。

言葉の選びや並べ方に面白さがあります。

ぐるりって〇・五ミリのペンで囲うまるではなくてぐるりで囲って     中森 舞     P166

細めのペンでなにかに印をつけている。

「ぐるりで囲って」というこだわりが

とても気になります。

具体的な理由や背景はわからないけど、

その動作に意志の強さとかこだわりとかが

見えてきます。

人物そのものはよくわからないのに

妙な存在感があります。

角取れた石組みぐんと反り上がり落伍者がゆく眼鏡橋かな   *角=かど

 石川 泊子   P167

アーチ型のフォルムが特徴的な眼鏡橋

「角取れた石組みぐんと反り上がり」に勢いがあって

橋のフォルムが立ちあがってきます。

「落伍者」という単語がやけに目立ちます。

いったい、誰のことを指しているのか。

ある場所から外れてしまった者が歩いていく光景を

なぜ詠んでいるのか。

場所と人の組み合わせがとても気になった一首です。

塔2018年2月号 4

胸に揺れる血の色のポピー一つ一つ私を見てゐる戦勝記念日  

戦勝記念日=リメンブランス・サンデー    加茂 直樹     P122

戦勝記念日の式典に出席したのでしょうか、

それとも画像か何かで見ているのでしょうか。

胸元に飾られている可憐なポピー、

でも赤い色が血の色をイメージさせます。

戦勝記念日、という晴れやかなイメージの裏には

膨大な死があることを感じ取っているのでしょう。

ポピーの一つ一つが主体を見ている、という感じ方には

他人事でない受けとめ方があります。

ここからは他人の鬱がよく観えるいち早く秋日取りこむ窓辺  *鬱=うつ

  中村 英俊  P127

もしかしたら、案外自分ではなく

「他人の鬱」のほうがよく見えるのかもしれない。

窓辺は通常、外の景色を眺めるための場所ですが

「他人の鬱」がみえる、としたことで

他者の内面に通じているような怖さがあります。

秋の日射しをたっぷり入れながら、

実は窓辺から怖いものが見えてしまう。

「いち早く」という語が興味深くて

先取りしてしまう位置にいる怖さを

引き出しているように思います。

追憶ということば長くをともに住みし叔母から聞いた映画のタイトル    福西 直美  P136

「追憶」は1973年のアメリカの映画ですかね?

(2017年に同名の日本映画あるんですけど・・・違っていたらどうしよう)

まぁ、私はたしか古い映画だったな、と思って読んだのでそれでいこう。

「追憶」は結婚したものの、結局は思想や考え方の違いから

別れることになる男女が描かれていた映画ですが

叔母さんには、なにか通じる思い出でもあったのかもしれない。

「長くをともに住みし」とはいっても

叔母さんの古い記憶にまではアクセスできない。

ひとつの言葉からある程度の予想を抱くくらいなのだ。

修復は望めぬと言う取り敢えず今朝の半熟卵は上出来     鈴木 緑   P140

なんの修復なのか、なんともわからない。

ただ、なにかが元の状態に戻ることは諦めないといけないらしい。

その状況の一方で、朝ごはんには半熟卵。

とろっとしていてすぐに崩れそうな半熟卵の脆さが

変化のたえない儚い現実を思わせます。

「取り敢えず」という力の入っていない語がいいな、と思います。

コンビニが消えて生まれるこの町にダーウィニズムのごとき風吹く  高松 紗都子

P144

いろんなコンビニが街中でできてみたり、

いつの間にかなくなってみたりすることがありますね。

経営の波のなかで存在が左右されるコンビニの様子を

ダーウィニズム」と結び付けていて面白い。

風という形をもたない、

無常感の強い自然が出てくるところも示唆的。

塔2018年2月号 3

やりたいと思ふことよりやりたくはないことばかり 特急通過    濱松 哲朗  P59

駅で電車を待っているシーンかな、と思います。

やりたいことよりも

やりたくないことのほうが心のなかで

比重を増している。

どんよりした感じに占められていて

鬱屈した感じが主体自身も耐えがたいのでしょう。

一字空けて結句で

目の前を特急電車が通過していくことを詠むことで

自身の内面とは全く無関係に進んでいく世界を提示しています。

普通電車とかではなくて、

スピード感のある「特急」だから

余計に世界から取り残された感が出ています。

茶話会で「概念」などと口にして白けた感じ 茶を足してみる     与儀 典子  P69

お茶を飲む場で、つい固い話をしてしまったようです。

きっと周囲とは雰囲気が合わず、

なんとなく白けた雰囲気になって、

気まずい感じになったのでしょう。

その場をごまかすために、

あるいは取り繕うために、

「茶を足してみる」という動きを加えることで

そのときの場の空気感が伝わります。

おだやかな冬望みつつ鍋のなかカラメルソースを霧にからめる   木村 珊瑚  P79

自家製プリンを作るとか、

鍋でカラメルソースを作っているシーンでしょう。

「霧にからめる」という点が

ちょっと不思議な点です。

「霧」と表現しているのは鍋の中の湯気ではないかな、と思いつつ

鍋のなかにもう一つの小さな世界があるようです。

ねむたさについて書こうと開いたらねむたさについて書いてある手帳    紫野 春 P100

疲れているのか、手帳に書きとめようとした

「ねむたさ」はすでに過去の主体がもう書いていた、という歌。

いつ書いたのか、それすらはっきりしないのかもしれない。

今日だけでなく、前から疲れや眠さを感じて

引きずっているのでしょう。

手帳というおそらく自分しか見ないだろうアイテムの

閉じられた世界のなかで

何度もおなじ疲れをループしているみたい。