波と手紙

小田桐夕のブログ。好きな短歌について。

塔2016年11月号から 3

塔2016年11月号の作品1・池本一郎選歌欄から。

ボートにも乗つたねカメラ忘れたね百年生きたといふやうに言ふ    大塚 洋子    P87

ゆったりした雰囲気がとても魅力的な一首です。
遠い昔のデートを懐かしむような言い方だと思いました。
「乗つたね」「忘れたね」という親密そうな言い方や
「百年生きたといふやうに」という大きな時間の単位に
ふんわりした柔らかさがあります。

トリックより愛憎の記述多くして厚き本は遺作となりぬ         桶田 夕美    P87

推理小説なのに、肝心のトリックよりも
「愛憎の記述」の方が多い、というのは
小説家の内面によるものなのかどうか、
小説に書かれない部分にさらにドラマがありそうだな、と考えてしまいます。
「遺作」だからこそ、「愛憎の記述」が多いということに
重みが加わります。

とろとろと日の暮れを待つ屋形船 第十五井筒屋丸の墨文字      宮地 しもん    P93

川を遊覧するための屋形船を丁寧に描いています。
「第十五井筒屋丸」は屋形船の名前ですね。
屋形船の船体の横にしるされた船の名前、さらに
「墨文字」まで描写したことでくっきり像がうかびます。
漢字が多いのですが、うるさい雰囲気にならず
歌を引き締めてくれています。