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波と手紙

小田桐 夕のブログ。塔短歌会に所属しています。         ゆふぐれはあなたのなかに沈みゆくとほき国だと気づいてしまふ

塔2017年1月号 3

春光は明朝体と思うとき文字で溢れる僕たちの庭     千種 創一    P78 

おだやかな春光のまばゆさを「明朝体」という
折り目正しい印象の書体としてとらえる感覚が面白い一首です。
たしかに初々しい感じは「明朝体」かもしれない。
ゴシック体とかポップな書体だと合わないですね。
春の光に満ちた庭は、つまり
文字にあふれる場所に主体には見えるわけです。
「僕たちの庭」という表現もさりげないけど、
小さな共同体のイメージがあり
身近な人とかわす言葉の重なりを
見ている視線の強さを感じます。

きりん草をガラスコップの水に挿し茎にくつつく泡を見てゐる   清水 良郎    P100

きりん草は星形のかわいい黄色い花ですね。
どこかで採ってきたきりん草、
室内でコップに入れて飾ったときに
主体が見ているのは、「茎にくつつく泡」という点が
かえって印象的です。
結句でわざわざ「見てゐる」と言い切っているので
とても細かいところに視線を合わせています。
「コップに挿し」ではなく
「ガラスコップの水に挿し」と表現するなど
とても観察が細かいですね。
ひとつひとつを丁寧に描写していることで
日常の手触りを歌のなかに残しています。 

手裏剣と思って避けたひとことが遠ざかるほど鮮やかになる     高松 紗都子    P106

「手裏剣」なんてなかなか使わない言葉だな、と思って読んでいくと
誰かから言われたキツイ言葉だったことがわかります。
避けた時はうまくかわしたつもりだったのでしょうけど、
後になって「遠ざかるほど鮮やかになる」とは皮肉なことです。
「手裏剣」なんていう現代ではもう使わない武器と
だれもが思い当たるふしがある経験との組み合わせが
とても面白い一首になっています。

学寮に受けし小包み直江津を直江の津と書く祖父からだった     丸山 隆子    P109

学生時代の思い出の一コマでしょう。
祖父からの小包を受け取ったときのことでしょうけど、
祖父がどんな人だったのか
地名の書き方で表現している点がいいと思います。
「直江の津と書く」で祖父のこだわりとか筆跡とか
なんとなく伝わる点があれこれ説明するより
ずっと生身の感じを伝えてくれると思うのです。