波と手紙

小田桐夕のブログ。好きな短歌について。

塔2017年1月号 4

逸らさずにひとを見つめる眸、それは古き写真にしずもれる井戸   *眸=め   中田明子  P118

写真を見ているシーンかな、と思いました。
写真の中に写っている人は逸らさずにこちらを見てくる。
あるいは本当に目の前にいる誰かの視線のことかもしれない。
まっすぐな視線と、しずかな井戸とのつながりが
静謐な雰囲気を伝えます。
「眸、それは」という三句目がとても面白い構造で、
上の句と下の句をゆるやかにつないでいます。

スカートの裾の冷えたる輪のなかに立ちつくしおり雨の交差点     福西 直美     P126

女性が雨の交差点付近に佇んでいるシーンですが、
「スカートの裾の冷えたる輪のなかに」というとらえ方が
図形をとらえるような感覚ですね。
なんだか真上からカメラを構えるカメラマンの視点みたいで印象的です。
傘をさしていてもスカートの裾は濡れてしまっている、
その中心にいる人の姿を面白い角度で見ています。

ボーナスがボケナスみたいな金額とヒグマのごとき上司が嘆く     廣野 翔一     P132

「ボーナスがボケナスみたいな金額」というのはコミカルだけど切実。
まぁね、毎日がんばって働いているけどボーナスとか報酬が
願い通りの金額になるとは限らないしね・・・。
「ヒグマのごとき上司」といった表現も軽いタッチで
会社での一コマを切りとっています。

キジ猫をフィジーの猫と聞き違えしばし浜辺の青を思えり     池田 行謙     P134

「フィジーの猫」に聞き間違えたせいで
南太平洋のフィジーの風景を思い浮かべてしまった、という。
妙だけれど、ちょっと楽しい勘違い。
日常から急に別のところに空想が働いてしまう面白さを
コミカルに描いています。
「浜辺を」ではなく「浜辺の青を」という表現で
一気に海の色合いが広がります。

丸岡の餃子が届く日付には夫の書きたるカタカナのギョ      大森 千里    P151 

 丸岡の餃子は宮崎県の人気の高い餃子だそうですね。
通販で買った餃子が届くことを
カレンダーの日付にでも夫が書いたのでしょう。
(美味しいらしい・・・私も注文しようかな?)
「カタカナのギョ」がとても具体的で、分かりやすい。
けっこう楽しみに待っているのかな、とか想像がふくらみます。
語順を見ているとちょっと説明的な印象があるので
「カタカナのギョ」をいっそ初句にもってくるという方法もあるとは思います。