波と手紙

小田桐夕のブログ。好きな短歌について。

一首評 「蕊」

つつじの赤い花はなつかし花よりも色濃く長き蕊もつことも
         花山 多佳子 「築地」『晴れ・風あり』 

つつじの花はたくさん咲いて、初夏の華やかな
景色を作ってくれた記憶があります。
たしかに蕊が長くて、すぅっと伸びていたなぁと思います。
「蕊」という部分に着目したことで
つつじという花の特徴をくっきりと描いています。

見慣れた光景を描写の力で
「あ、確かにそうだった」ともう一度よみがえらせる、
そんな力もいいなと思います。

光森 裕樹 『鈴を産むひばり』

光森裕樹さんの歌集はすでに第3歌集まででています。順に取り上げてみましょう。

 

『鈴を産むひばり』は2010年に刊行された第一歌集。


光森さんの短歌はわりと淡白な印象があって、現実の把握が理知的だけど、美しい詩情も持っているといった印象でした。

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塔2017年2月号 5

若葉集から。

栞紐はさんでありしところより読み始めて馴染むまでのしばらく      高橋 ひろ子  P164

読書をはじめたときに、こんな感覚を覚えることはよくあります。
「馴染むまでのしばらく」のあいだに
前回までに読んでいた内容を思いだしていて
読むスピードが上がるのに少し時間がかかる。
読み始めのかるい記憶の混沌を詠んでいます。

左手に当てるシャワーの水が熱持つまでをためらわぬように恋     山口 蓮   P175

結句の「恋」にかかっていく長い比喩。
「熱持つまでを」になっていて
「熱を持つまでを」といったような
助詞がないので少し詰まる感じはします。
句切れ無しでずっと読ませるので
結句の「恋」に着地したときに
安堵みたいな感覚をもちます。

原色のランナー溢れる道は伸び 過ぎてゆくのみ、ひかりもあなたも    杉原 諒美  P176

ラソンを見ているのだろうと思います。
わっと走り出したときかな、
「原色のランナー溢れる」で雰囲気がよくわかります。
三句目のあとの一字空けで
すこしの時間の経過とか
心理的な距離を感じさせます。
みている側にすると、
「過ぎてゆくのみ」になるのだけど
過ぎ去っていくことを惜しんでいる感覚が出ていると思います。

 

塔2017年2月号 4

作品2からもう少し。
2月末は暖かかった。春は近い。

山積みの書類のやうにすることがあるがあなたよ夕陽をみないか     赤嶺 こころ   P112

語順の巧さに惹かれる歌です。
忙しさはわかっているけど
「夕陽をみないか」という呼びかけをしている、
もしかしたらせざるを得ないのかもしれない。
どこか切羽詰まった感じがあります。
「あるがあなたよ」という四句目の逆接が
一首のなかでポイントになっています。

ささやかな時差を抱いたまま生きる桜咲く日が違ってもいい   *抱いた=いだいた         小松 岬      P135

私と相手の間にある小さな差。
時差ということは、タイミングが合わないのかもしれない。
「桜咲く日が違ってもいい」という表現で
違いをしなやかに受け止めている気持ちがいいですね。

切り花のつひに莟をひらかざる食卓に蒼く闇降りはじむ      加茂 直樹   P146

莟があればきれいな花が咲くことを期待してしまうけど、
この作品のなかの切り花はひらかなかった。
「蒼く闇降りはじむ」に静かな不気味さがあって
期待を裏切られたときの気持ちの具現化のようです。

ここに居ぬ誰かを思うシトロンの黄色い皮のような街の灯    福西 直美   P147

二句で切れているのかな。
いない人を思うときの欠落感と
ほんのりと明るい街の灯。
「シトロンの黄色い皮のような」という比喩がきれいで
あたたかな雰囲気を作り出しています。

 入札の終わりし業者は作業着に野の草つきしを図面で掃う   石井 久美子    P148

場面の切りとり方が的確で
特に「図面で掃う」という結句がいいですね。
入札という重要な仕事がすんだ後の動作に
なんだかその場の空気まで潜んでいる感じがします。

ひとつごとに値を負ひてコンビニのおでんは煮える秋のかたすみ     木村 珊瑚   P150

コンビニおでんは現代的なシーンです。
「ひとつごとに値を負ひて」は確かにその通り。
具材によって微妙に値段が違いますよね。
コンビニのレジ付近のおでんコーナーは
現代の「秋のかたすみ」になっています。
ちょっとしたスケッチみたいな歌ですが、
生活のワンシーンをうまく切り取っています。

                              

塔2017年2月号 3

作品2は多いので2回に分けます。

るるるると振れるブランコ掴まえて地にすれすれの空を漕ぎ出す    竹田 伊波礼   P71 

 「るるるると振れる」が面白い表現です。
さっきまで誰かがのっていて、
まだ振動を伝えるブランコでしょう。
「地にすれすれの空」で空間に広がりがある感じがします。
こげば漕ぐほど、空に入っていく感じがするブランコ、
「漕ぎ出す」に勢いがあります。

灯ともさず水のみにくる夕鳥の飛びさるまでがひと恋ふ時間     東 勝臣    P75

夕暮れのなかの鳥を美しく描いた一首です。
「灯ともさず」なので結構暗いのかもしれない。
水を飲んで飛びたつまでの時間が
「ひと恋ふ時間」とは儚い印象。
ちょっとした休息の時間は
素直な感情が出る時間なのかもしれないですね。

紫蘇の実をしごきて灰汁の染みる指箸もつたびに匂いの立てり  *灰汁=あく           岩﨑 雅子  P77

いまはもう触れていないけど、指に残る野菜の匂いは
なんだか奇妙な感じがしますね。
ここでは紫蘇の実の灰汁、
「匂いの立てり」がとてもいいなと思って選びました。
箸という細長いアイテムを持つたびに
匂いも一緒に立つ、という把握がいい。
「立てり」という動詞で、
いきいきした感じがあります。

画布の隅に黄色く塗られし一艘を夏の柩のように見ていつ   中田 明子     P81

水辺を描いた絵画の隅にある
「黄色く塗られし一艘」を見ているときの歌です。
黄色は青色とは対比の鮮やかな色だから
目についたのか、しずかなボートに
去りゆく夏のイメージを重ねています。
「夏の柩」という表現が切ない感じです。
そういえば、中田さんの歌は
一首ごとに静謐な雰囲気を持っているので
美術館で小さな作品を順に見ているような感覚を覚えるな、と
今になって気づきました。

恵まれていたのでしょうね銀色のピアスくわえて湖面に落とす     藤原 明美   P82

とても不思議な一首です。
「恵まれていたのでしょうね」と他人事みたいに言っているけど
自分のことかもしれない。
過去形なので、今では状況が違うのでしょう。
「くわえて」という動詞も奇妙で、
犬の動作のようですが、本人かもしれない。
惜別なんだけど、夢の中のような雰囲気をもっています。

かろやかな列車のリズムと隣席の貧乏ゆすりがときにずれおり    田村 龍平   P97

ちょっと面白いテイストを持っている短歌が得意な方のようですね。
「隣席の貧乏ゆすり」いますね、こういう人。
列車の揺れるリズムと貧乏ゆすりのリズムのズレを
把握していて、面白い歌です。
「ときに」がいいな、と思っています。
けっこう長い間、隣でリズムを聴いていた感じがします。