波と手紙

小田桐 夕のブログ。塔短歌会に所属しています。         ゆふぐれはあなたのなかに沈みゆくとほき国だと気づいてしまふ

一首評 「蕊」

つつじの赤い花はなつかし花よりも色濃く長き蕊もつことも
         花山 多佳子 「築地」『晴れ・風あり』 

つつじの花はたくさん咲いて、初夏の華やかな
景色を作ってくれた記憶があります。
たしかに蕊が長くて、すぅっと伸びていたなぁと思います。
「蕊」という部分に着目したことで
つつじという花の特徴をくっきりと描いています。

見慣れた光景を描写の力で
「あ、確かにそうだった」ともう一度よみがえらせる、
そんな力もいいなと思います。

光森 裕樹 『鈴を産むひばり』

 

鈴を産むひばり

鈴を産むひばり

 

 

光森裕樹さんの歌集はすでに第3歌集まででているので
順に取り上げてみましょう。

『鈴を産むひばり』は2010年に刊行された第一歌集。
光森さんの短歌はわりと淡白な印象があって
現実の把握が理知的だけど、美しい詩情も持っている
といった印象でした。

■美しいイメージの定着

かつて読んだときからとても印象的だったのは
次のような歌です。

ポケットに銀貨があれば海を買ふつもりで歩く祭りのゆふべ

売るほどに霞みゆきたり縁日を少し離れて立つ螢売り

売れ残る螢をつめれば幻灯機 翡翠の色にキネマを映す

冒頭の連作「鈴を産むひばり」のなかの3首です。
夏祭りを詠んでいるなかで、
イメージをとても美しく定着させています。

「海を買ふつもり」という気持ちのふくらみ具合。
「螢売り」の手元から螢が売れていくことは
同時に周りを照らしていた螢の明るさが減っていくことです。
螢売りの姿が次第に夕闇になじんでいく様子。
売れ残った螢を今後は「幻灯機」としてとらえる発想や
翡翠の色」という色の表現。

これらの美しいイメージの広がりや
一首のなかでの語の使い方に
とてもあこがれた時期があります。

■微細なアイテムと焦点

花積めばはなのおもさにつと沈む小舟のゆくへは知らず思春期 

火にかざすべくうらがへすてぶくろの内側となる冬のゆふやけ

そこだけがたしかにひぐれてゐる窓辺きみは林檎の光沢を剝く

今回久しぶりに読んでみて、
漢字とひらがなのバランスがとてもいい歌が多いと思いました。

一首目では、思春期というアンバランスな時期の危うさを、
花を積んだ分だけわずかに沈む小舟に託して、美しく描いています。
二首目では、手袋の内側から広がる、冬の夕方へのつなぎ方が巧みです。
雪に濡れた手袋を裏返して火にあてていると
手袋の内側が火の色で明るく、あたたかく見えるのでしょう。
「てぶくろの内側となる冬のゆふやけ」の「となる」という続け方で
すこし強引ですが、広がりのあるイメージに結びつけています。
三首目では「林檎の光沢を剝く」の「光沢」まで描写している点がいいですね。
「窓辺」という限定された場所でつややかに夕陽を受け止めている林檎、
ポイントのしぼり方もとても上手です。

■現実の把握とイメージの結びつき

秋雨をまなかに見据ゑてのぼるとき螺旋階段がほどく錆の香       

風力で旋回れるごときクレーンより空に垂線は引かれはじめつ  *旋回れる=まはれる

如何なる屋根のしたにて明日は眠るとも検索窓よりひとひらの雪

現実の把握の仕方がとても冷静で、
かつ美的な感覚が第一歌集では冴えていたな、と思います。
一首目では、「螺旋階段」という場所の選択が効果的で、
真ん中を落ちていく雨粒や
漂ってくる錆の匂いが、螺旋階段という円筒形の場所のなかで
上手く配置されています。

二首目も地味ながら面白いなと思いました。
風力で動くかのようにゆっくりと回っているクレーン、
そこから伸びているロープを空に引かれる「垂線」とすることで、
日常の光景を図形としてとらえている面白さがあります。

「検索窓」といった語も光森さんの短歌には時々登場します。
実際に睡眠をとる室内の情景と、
毎日眺めている液晶画面のなかの検索窓、
一首のなかでの対比やつなげ方に無理がなく、
まとまりがいいと思います。


今後、続く歌集を読んでみて、
歌風の変化など追ってみたいと思います。

 

塔2017年2月号 5

若葉集から。

栞紐はさんでありしところより読み始めて馴染むまでのしばらく      高橋 ひろ子  P164

読書をはじめたときに、こんな感覚を覚えることはよくあります。
「馴染むまでのしばらく」のあいだに
前回までに読んでいた内容を思いだしていて
読むスピードが上がるのに少し時間がかかる。
読み始めのかるい記憶の混沌を詠んでいます。

左手に当てるシャワーの水が熱持つまでをためらわぬように恋     山口 蓮   P175

結句の「恋」にかかっていく長い比喩。
「熱持つまでを」になっていて
「熱を持つまでを」といったような
助詞がないので少し詰まる感じはします。
句切れ無しでずっと読ませるので
結句の「恋」に着地したときに
安堵みたいな感覚をもちます。

原色のランナー溢れる道は伸び 過ぎてゆくのみ、ひかりもあなたも    杉原 諒美  P176

マラソンを見ているのだろうと思います。
わっと走り出したときかな、
「原色のランナー溢れる」で雰囲気がよくわかります。
三句目のあとの一字空けで
すこしの時間の経過とか
心理的な距離を感じさせます。
みている側にすると、
「過ぎてゆくのみ」になるのだけど
過ぎ去っていくことを惜しんでいる感覚が出ていると思います。

 

塔2017年2月号 4

作品2からもう少し。
2月末は暖かかった。春は近い。

山積みの書類のやうにすることがあるがあなたよ夕陽をみないか     赤嶺 こころ   P112

語順の巧さに惹かれる歌です。
忙しさはわかっているけど
「夕陽をみないか」という呼びかけをしている、
もしかしたらせざるを得ないのかもしれない。
どこか切羽詰まった感じがあります。
「あるがあなたよ」という四句目の逆接が
一首のなかでポイントになっています。

ささやかな時差を抱いたまま生きる桜咲く日が違ってもいい   *抱いた=いだいた         小松 岬      P135

私と相手の間にある小さな差。
時差ということは、タイミングが合わないのかもしれない。
「桜咲く日が違ってもいい」という表現で
違いをしなやかに受け止めている気持ちがいいですね。

切り花のつひに莟をひらかざる食卓に蒼く闇降りはじむ      加茂 直樹   P146

莟があればきれいな花が咲くことを期待してしまうけど、
この作品のなかの切り花はひらかなかった。
「蒼く闇降りはじむ」に静かな不気味さがあって
期待を裏切られたときの気持ちの具現化のようです。

ここに居ぬ誰かを思うシトロンの黄色い皮のような街の灯    福西 直美   P147

二句で切れているのかな。
いない人を思うときの欠落感と
ほんのりと明るい街の灯。
「シトロンの黄色い皮のような」という比喩がきれいで
あたたかな雰囲気を作り出しています。

 入札の終わりし業者は作業着に野の草つきしを図面で掃う   石井 久美子    P148

場面の切りとり方が的確で
特に「図面で掃う」という結句がいいですね。
入札という重要な仕事がすんだ後の動作に
なんだかその場の空気まで潜んでいる感じがします。

ひとつごとに値を負ひてコンビニのおでんは煮える秋のかたすみ     木村 珊瑚   P150

コンビニおでんは現代的なシーンです。
「ひとつごとに値を負ひて」は確かにその通り。
具材によって微妙に値段が違いますよね。
コンビニのレジ付近のおでんコーナーは
現代の「秋のかたすみ」になっています。
ちょっとしたスケッチみたいな歌ですが、
生活のワンシーンをうまく切り取っています。

                              

塔2017年2月号 3

作品2は多いので2回に分けます。

るるるると振れるブランコ掴まえて地にすれすれの空を漕ぎ出す    竹田 伊波礼   P71 

 「るるるると振れる」が面白い表現です。
さっきまで誰かがのっていて、
まだ振動を伝えるブランコでしょう。
「地にすれすれの空」で空間に広がりがある感じがします。
こげば漕ぐほど、空に入っていく感じがするブランコ、
「漕ぎ出す」に勢いがあります。

灯ともさず水のみにくる夕鳥の飛びさるまでがひと恋ふ時間     東 勝臣    P75

夕暮れのなかの鳥を美しく描いた一首です。
「灯ともさず」なので結構暗いのかもしれない。
水を飲んで飛びたつまでの時間が
「ひと恋ふ時間」とは儚い印象。
ちょっとした休息の時間は
素直な感情が出る時間なのかもしれないですね。

紫蘇の実をしごきて灰汁の染みる指箸もつたびに匂いの立てり  *灰汁=あく           岩﨑 雅子  P77

いまはもう触れていないけど、指に残る野菜の匂いは
なんだか奇妙な感じがしますね。
ここでは紫蘇の実の灰汁、
「匂いの立てり」がとてもいいなと思って選びました。
箸という細長いアイテムを持つたびに
匂いも一緒に立つ、という把握がいい。
「立てり」という動詞で、
いきいきした感じがあります。

画布の隅に黄色く塗られし一艘を夏の柩のように見ていつ   中田 明子     P81

水辺を描いた絵画の隅にある
「黄色く塗られし一艘」を見ているときの歌です。
黄色は青色とは対比の鮮やかな色だから
目についたのか、しずかなボートに
去りゆく夏のイメージを重ねています。
「夏の柩」という表現が切ない感じです。
そういえば、中田さんの歌は
一首ごとに静謐な雰囲気を持っているので
美術館で小さな作品を順に見ているような感覚を覚えるな、と
今になって気づきました。

恵まれていたのでしょうね銀色のピアスくわえて湖面に落とす     藤原 明美   P82

とても不思議な一首です。
「恵まれていたのでしょうね」と他人事みたいに言っているけど
自分のことかもしれない。
過去形なので、今では状況が違うのでしょう。
「くわえて」という動詞も奇妙で、
犬の動作のようですが、本人かもしれない。
惜別なんだけど、夢の中のような雰囲気をもっています。

かろやかな列車のリズムと隣席の貧乏ゆすりがときにずれおり    田村 龍平   P97

ちょっと面白いテイストを持っている短歌が得意な方のようですね。
「隣席の貧乏ゆすり」いますね、こういう人。
列車の揺れるリズムと貧乏ゆすりのリズムのズレを
把握していて、面白い歌です。
「ときに」がいいな、と思っています。
けっこう長い間、隣でリズムを聴いていた感じがします。

 

塔2017年2月号 2

作品1からいつくか。

たくさんの滴ふるえて流れゆく車窓は遠い額縁である       芦田 美香  P26 

雨天のときに電車に乗っていると
車窓をたくさんの滴が流れていきます。
かなりのスピードなのでけっこう激しい動きになることもあります。
「車窓は遠い額縁である」という下の句に惹かれました。
雨の滴がたくさん流れていく窓、
「遠い」という語は解釈が難しいのですが、
現実に起こっていることに実感がわかないのか、
なにか考えがまとまらないのか、
ちょっと気持ちの定まらない不安定な感じが伝わります。

 

 刈田には藁の乳ふさ戈麦の詩句に指されてさう見たりけり  *戈麦=ゴーマイ           出 奈津子   P26

稲を刈った後の田に藁が積まれている状態を
「藁の乳ふさ」といっていますが、
それは「戈麦の詩句に」影響されてそう見えるのですね。
戈麦は中国の詩人ですが、残念ながら
具体的な作品を知らないなぁ。
文学作品の中に出てきた表現を
現実の景色の中に見出した瞬間を詠んでいて、
だれにでもある瞬間ながら
「詩句に指されて」という表現に鋭さがあります。

二百個を摘みても檸檬は空にあり一言ごとに香りを吸いつ       塚本 理加    P31

前後の歌を見ていると、どうも閉園予定の果樹園(?)で
檸檬を取っているようです。
たくさん実っている美しい檸檬
とってもとってもなかなか減らないようです。
「一言ごとに香りを吸いつ」はたぶん
だれかと会話しながら採取していて、
なにか話すたびに檸檬の香りを吸ってしまう、という意味にとりました。
青い空と檸檬の色の対比も浮かんできます。
さらに採取する側の心理などが重なると、
とても複雑な景色に思えます。

たった緯度三度の移動に船・列車・再び船と乗り継いで行く     ほうり 真子       P33

リズムが悪くなりそうだけど、
繰り返される音の連なりがとても気になる歌です。
特に「たった」「緯度」「三度」「移動」という
音がとても面白い。
濁った「ド」という音が出てくることで
なんだか落ち着かない気持ちも出ているようです。
詠草を見ていると、父親が亡くなったので実家に戻る旅だったようです。
「たった緯度三度」とはいえ
いろんな交通機関を乗り継いで行く忙しなさが
音や語順にも出ている歌です。

看取りケアに入りたるひと竹の葉の返すひかりにときおり笑う    山下 裕美    P34

介護施設で働く方の歌で
時には看取りケアの担当もあるのでしょう。
「竹の葉の返すひかりに」がなんだか切ない。
「竹の葉」の細長い形状に反射する光、
最期に向かっていく時間のなかで
ささやかな輝きを一緒に見ている主体の視点があります。

遠く暮す子にふれたがるてのひらに辿󠄀りゆくための窓ほどの地図     しん子   P52

「子にふれたがるてのひら」
「窓ほどの地図」といった表現が印象的です。
「窓ほどの地図」ということは、
わりと大きなサイズの地図を貼ってあるのかな、と思います。
離れているのでなかなか会えないけど
かわりにお子さんが住んでいる地域の地図に
触れて辿っている、そうとらえました。
寂しい、といった語を使わずに
心情を十分に伝えている一首です。

夜遅く雨になるとふ天気図の傘のあたりに子は棲みてをり     澄田 広枝     P53

こちらも遠方に暮らすお子さんのことを思っている歌。
天気図を見ていて気になるのは
お子さんが住んでいる地域の天候なのでしょう。
「傘のあたりに」がとてもいいですね。

塔2017年2月号 1

さて、しばらく忙しくしていたので更新止まっていました。
先日の旧月歌会のあとには
美味しいシュークリームを食べていました。
なんとか塔の評を続けましょう。

もうすぐ私は死ぬと言いしか唇のうごきが見えてアレッポの声   吉川 宏志    P2

シリア内戦で反体制派の拠点になっていたアレッポの制圧の際、
多くの市民の犠牲が出たことは記憶に新しい。
ネット上に市民の動画が公開されていて、
それを見たのだろうと思います。
最期を予感しているときの「唇のうごき」を
遠く離れた国で見ている主体。
生々しい「声」を介してしか知りえない現実を切りとっています。

おほかたは偽薬なれど煎じ飲む湯のぬくとさは直接にして   

*偽薬=プラシーボ      真中 朋久   P3

かつて歌会でこの歌の評が私にあたったことがあります。
薬の効能の多くがプラシーボ効果にすぎない、
と冷めた感覚でとらえている一方で
喉の中をながれていく湯の温かさも感じている。
その差異をとらえていて、面白い一首だと思っています。
「直接」という言葉は硬い言葉だけれど、
この歌のなかではとても強い印象を持っています。

ででっぽー眠れんかったんやろお前ぽーぽーぽっぽ小心者や   *者=もん   山下 洋   P3

あぁ、山下さんの歌だなぁ、と思います。
ハトの鳴き声を挟みこむような感じで
短歌の中に詠みこんでいます。
「小心者や」はだれに言っているのか、
ハトの声に託して、
自分に向かって言っているのかもしれない。

てのひらをひらいてみたら死んでゐた雪虫 雪と虫にわかれて    河野 美砂子     P8

冬の訪れを告げる虫といわれる雪虫
ふわふわと飛んでいるけど、わりとすぐに死んでしまう虫だそうです。
雪虫 雪と虫にわかれて」という下の句がとても面白いですね。
特に四句目の「雪虫 雪と」という句割れによって
分離された感じが視覚的にも出ています。

雨あとの苗のごとくに倒れたる付箋は歌集をやわらかくする      永田 紅      P11

歌集を読むとき、気になった歌に貼っていく付箋。
歌集を閉じると、たくさんの付箋が
倒れた苗のように見えたのでしょう。
小説やルポを読んでいても、付箋を貼る機会はありますが
歌集の場合、一首一首がそれぞれ作品なので
付箋を貼った位置には、大事なひとつの作品がある、ということになります。
たっぷりの付箋がついた歌集には
気になった歌がたくさんあるという証。
「歌集をやわらかくする」という能動的な表現で
大事な一冊になった、という満足感が出ています。