波と手紙

小田桐夕のブログ。好きな短歌について。

一首評「それから」

サクラモチを秀衝塗の皿におくそれから遠い日のやうに食む

佐藤通雅 「あふむけ」『昔話』P134

片仮名で表されたサクラモチ。

 

いつもなら春の訪れを感じる楽しいお菓子ですが、この歌が収録されている『昔話』は、東日本大震災後の作品で構成されています。

 

秀衝塗は岩手県の伝統工芸品。もともとは奥州藤原氏の時代に作られた器が起源。漆や金が使用された贅沢な器で、晴れやかなイメージが湧きます。

 

うつくしい皿の上に置かれた「サクラモチ」ですが「おく」と「それから」の間に少し間があるように思います。

 

震災によって失ったものが大きすぎて、どうやっても震災前の日々は「遠い日」に思えるでしょう。

 

かけがえのないもの、人、場所、記憶。それらを思い出しつつ、ゆっくりサクラモチを味わう。

 

大きな出来事の前後で、決定的に感覚が変わってしまうことがあります。

 

「それから」とはこの歌のなかで、単に動作を繋いでいるのではなくて、過去に思いを馳せている心の動きにも思えるのです。