波と手紙

小田桐夕のブログ。好きな短歌について。

塔2016年11月号から 5

塔2016年11月号の作品2・栗木京子選歌欄から。

きみが手にきつと触れしと図書館の茂吉の棚に今日も来てをり     広瀬 明子   P114

慕っているひとがおそらく読んだだろう本がある棚の前に
また来ている、一途なシーンだなと思います。
ただ「きみが手にきつと触れしと」がちょっと目立ちすぎるのかな。
図書館」「棚」よりは「茂吉の歌集」とか「茂吉の歌集の表紙」とか
クローズアップする方がいいかなと思います。
言葉の接続にもう少し読者がわかりやすくなる
工夫があるといいかもしれないと思います。

愛されたことを確信してるから君はコロネをほどいて食べる      小松 岬    P117

小松さんも注目している一人です。
「コロネ」という巻貝みたいな形のパンを
わざわざほどいて食べている人は
「愛されたことを確信してる」という贅沢な人らしい。
「コロネ」という具体的なパンの名称と
理由の組み合わせが面白い。

余震ある夜に出でこし百足なり築四十年の家にはじめて     本嶋 美代子     P122

塔のなかにも熊本の地震を詠んだ歌はたくさんありましたが
こういう視点の歌もあってもいいんじゃないかな、と思っています。
揺れの激しさなどを直接詠むのではなく、
余震のときにはじめて出てきた「百足」というのがポイントです。
「百足」と「築四十年」という数字の並びも面白い。
ただ「出で来」の未然形に、過去の助動詞「き」の連体形で
「出でこし」となっていますが
「出できたる」「出でくる」くらいでいいんじゃない?
って思いますね。

 

 

塔2016年11月号から 4


塔2016年11月号の作品2・花山多佳子選歌欄から。

梅ゼリーの梅に手つけず子供らは草履引っ掛け虫捕りに行く      矢澤 麻子   P99

夏休みの子供たちの様子を詠んだ歌が
詠草のなかにありました。
「梅に手つけず」という描写で
食べ物の好みだけでなく、なんとなく
性格とか表情が浮かんできそうです。

二歳児は鬼が怖いらし黍団子あげてばかりの桃太郎うたふ      小畑 志津子   P103

こちらもかわいい一首。
黍団子をあげてばかりでは
いつまでたっても鬼退治にならないだろう、
と思いつつ、その様子がかわいい。
小さい子供を詠んだ歌は多いけど、
甘いだけで終わっている歌も多いなか
具体的な描写が的確だと
その場で見ているような感覚が生じます。

 

塔2016年11月号から 3

塔2016年11月号の作品1・池本一郎選歌欄から。

ボートにも乗つたねカメラ忘れたね百年生きたといふやうに言ふ    大塚 洋子    P87

ゆったりした雰囲気がとても魅力的な一首です。
遠い昔のデートを懐かしむような言い方だと思いました。
「乗つたね」「忘れたね」という親密そうな言い方や
「百年生きたといふやうに」という大きな時間の単位に
ふんわりした柔らかさがあります。

トリックより愛憎の記述多くして厚き本は遺作となりぬ         桶田 夕美    P87

推理小説なのに、肝心のトリックよりも
「愛憎の記述」の方が多い、というのは
小説家の内面によるものなのかどうか、
小説に書かれない部分にさらにドラマがありそうだな、と考えてしまいます。
「遺作」だからこそ、「愛憎の記述」が多いということに
重みが加わります。

とろとろと日の暮れを待つ屋形船 第十五井筒屋丸の墨文字      宮地 しもん    P93

川を遊覧するための屋形船を丁寧に描いています。
「第十五井筒屋丸」は屋形船の名前ですね。
屋形船の船体の横にしるされた船の名前、さらに
「墨文字」まで描写したことでくっきり像がうかびます。
漢字が多いのですが、うるさい雰囲気にならず
歌を引き締めてくれています。

塔2016年11月号から 2


塔2016年11月号の作品1・永田和宏選歌欄から。数字はページ数です。

お互いの屋根裏部屋を少しずつ見せ合うように手紙を交わす    白水 麻衣  69

 いままさに親しくなりつつある人でしょう。
だんだんとお互いの内面を見せていく様子を
「屋根裏部屋を少しずつ見せ合う」という比喩で
表現しているのが的確でいい。

黒アゲハ少数意見を汲むごとく低く重たくわが庭を飛ぶ    石井 夢津子   71

「少数意見」という言葉を蝶が飛んでいる様子に用いるのが斬新。
少数意見を汲む、ということは根気や気配りがいる。
「黒アゲハ」「低く重たく」という表現が
その大変さを語っているようです。

ほとんどは失われていく夏の木の翳りに銀の椅子をひろげる   荻原 伸      72

結句の「ひろげる」という動詞に着目しました。
折り畳み式の椅子で、金属のきれいなツヤがあるのでしょう。
なにが失われていくのかはわからないけど、
暑い夏の喪失感をともなった時間の流れと、
木陰に点のように存在する「銀の椅子」の組み合わせが美しい。

 

 

まぁ、こんな感じで選歌欄ごとに
いくつかの歌をピックアップしていこうかな、って思います。

 

塔2016年11月号から 1

塔を読みつつ、いいなと思った歌には
○をつけていきます。
(ダメだろ、って思った歌には×つけていきます)

合評が終わった後なんで
塔のなかのいいな、と思う歌をどうしようかな、と思っています。
試みに欄ごとに印象に残った歌を取り出していってみましょう。
試みなのですぐにやめてしまうかもしれないですが。

今回は新樹集から。
ここはその月の一番いい詠草が載る欄なので、
どの歌もいいんですけどね。
今回注目したのが、多田なのさんの詠草です。
若葉集の方なので、まだ塔に入って1年以内ですね。

ひび割れを目盛りにするとカルピスが上手く作れるから捨てないで

かなしみが南下をしても脳みそにかなしみの巣は残ったままだ

      多田 なの  「塔2016年11月号」

一首目は古い計量カップか容器かなにか、
「ひび割れを目盛りにすると」という条件が面白い。
ひび割れという偶然できた欠陥を、実はうまく使っていたことを
提示しています。
「カルピス」というちょっと懐かしい飲み物もいいな。
日常の切りとり方が面白い。

二首目は悲しみが自分のなかに残っていることを詠んでいて、
内容はよくあることですが
「南下」「巣」といった渡り鳥のイメージと
結びつけている点がいいなと思います。
感情とイメージの結びつきには、
作者の大事なモチーフがしばしば登場します。
今後の作品も楽しみです。