波と手紙

小田桐夕のブログ。好きな短歌について。

一首評「船」

またきみをうたがひ胸は呼びよせる海にしづんだ無数の船を

染野太朗「反証」『初恋』p22

何度も何度も疑念が湧くのは苦しいもの。きみを疑うたびに、海底に沈んだはずの多くの船がまた胸に蘇る。

この船は、航海中の立派な船というより、沈んでボロボロになってしまった船かな、と思います。滅びたはずのものが、繰り返し気持ちの中に再生されてしまう。

恋情も嫉妬も憎しみも、感情って、コントロールしにくい。自分の感情のはずなのに、なんでこんなに振り回されるのか。

『初恋』の中の感情の歌は、毎日の暮らしの歌の中にところどころに配置されています。暮らしの中でふっと浮かんでは消えていく感情そのもののようで、歌の配置も巧み。

先日、染野さんの歌集をまとめて読んでいました。第一歌集が『あの日の海』なので、海はずっと大事なモチーフかもしれません。