波と手紙

小田桐 夕のブログ。塔短歌会に所属。  ゆふぐれはあなたのなかに沈みゆくとほき国だと気づいてしまふ

塔2019年3月号 1

4月になってしまいました。桜がきれいです。今日はたくさん歩いて、桜を見てきました。 

なあ父さん、石油ストーブはやめようよ 電話のむこうの火に向けて言う     吉川宏志   P4

遠く離れた故郷に暮らす父親と電話で話をしているのでしょう。

高齢の父親は、石油ストーブを使っているらしい。万が一のことを心配して、石油ストーブの使用をやめよう、という作中主体。

「電話のむこうの火」という表現がさりげないけどイメージを膨らませてくれます。

「火」は直接には石油ストーブを指しているのだろうとは思いますが、高齢の父親だったり、そこで暮らした思い出だったり、いろんなイメージを含んでいるように思うのです。

 

亜鉛二割ニッケル八分を鋳込みたるニッケル黄銅のほのかなる金色   *金色=きん      真中朋久   P5


私には馴染みのない知識ですが、妙に惹かれる歌。

「ニッケル黄銅」で検索してみたところ、この歌で詠まれているのは500円玉のことかな、と思います。

現在の500円玉硬貨は、銅72%、亜鉛20%、ニッケル8%、といった割合で製造されています。500円玉を取りだしてみてみたら、たしかにすこし金色がかった色味をしています。

1枚の硬貨を作っている金属の割合、そして色味といった特徴を挙げているけど、単なる羅列でもない。

無機質な金属を詠んでいながら、「ほのかなる金色」という着地によって、詩情が生まれるところに惹かれます。

 

別れぎわに手を振ることも会うことも孤独だそれぞれの海を抱えて     松村正直     P6


他者と別れるときの手を振る行為も、そして会うことさえもどちらにしても孤独、というのはひとつの割り切りだと感じます。

誰かと会っていることで孤独は消えるものではなくて、一時的に孤独という感情を忘れることができるだけかもしれません。

「それぞれの海を抱えて」は、他人が立ち入れない自分のなかの孤独のことだろうと思います。

四句目は2字の字余りですが、「それぞれの」という繰り返す音によって一人一人の内面は別々のものである、という感覚が強まるのと思うのです。

 

このひとが我を選びし冬の日の石畳、霜、ユリノキの影      梶原さい子     P9


ある冬の日に「我を選びし」ひとがいた、という回想だと思います。作中主体にとっては大事な記憶で、その日にみた光景は断片的でも一緒によみがえるのでしょう。

「石畳、霜、ユリノキの影」と「冬の日」につながる単語を出してくることによって
なんとなく光景をたどることができます。

硬い石畳、しゃりしゃりした霜、淡い影。そのときの地面を構成していた要素を描くことで、その場に立っていた私と相手を浮かび上がらせます。

「このひと」と指示語によって示された、読者にとっては他者であるはずのひとが、具体的な臨場感を持つ描写を重ねることで、実体をともなって立ち顕れます。読者の中の経験とも結びつくようなつくりであり、鮮やかな一首です。

 

大きめのニットの帽子の先っぽをつんと立てたりドングリ気分     なみの亜子      P13


素朴でかわいい歌だと思います。ニット帽の先っぽが尖った感じになっているので、つんと立てて、これから出かけるのでしょう。

まだ寒い外の空気に向かって出ていくときに、ちょっとだけ自分を奮い立てる「ドングリ気分」。

「ドングリ気分」というのが楽しいところで、○○気分とすることで、物と一体化してしまう感覚があります。外の世界にむかって立てているアンテナのようでもあり、楽しさがあります。

 

心と心 ゆびにつまんでどんぐりのひとつひとつの光を見つむ     花山 周子      P14


こちらも、どんぐりの歌。

どんぐりはころんとしているけど、先っぽはけっこう尖っています。ツヤのある表皮で、光を弾く照りがあります。

指先につまんで眺めているのは、ツヤツヤしたどんぐりが弾く光。

初句の「心と心」がいまひとつよくわからないのですが、指につまんでいるどんぐりが、ひとりひとりの心の形に見えるのか?

拾うのも眺めるのも楽しいどんぐり。小さな丸みのある実から連想が広がります。