波と手紙

小田桐 夕のブログ。塔短歌会に所属。  ゆふぐれはあなたのなかに沈みゆくとほき国だと気づいてしまふ

塔2019年1月号 3

だんだん暖かさを感じるようになってきましたね。

寒いのは嫌いじゃないけど。

 のんびり春にかわっていくのを楽しみたい。

 

おれおとうさんばっかりがすきだ われを連れ排便しつつ三歳は言う    丸本 ふみ   P74

幼い息子さんから言われたセリフなのでしょうけど、なかなか強烈です。

「おとうさんばっかりがすきだ」の「ばっかり」ってなによ、わたしがトイレに連れてきているのに、とでも作中主体は思っているかもしれない。

三歳児の正直すぎるセリフといい、「排便しつつ」というタイミングといい、なんだか可笑しい。

初句から二句にかけてのざっくりしたセリフの部分が面白く、言われている側の心境には同情しつつも楽しい歌です。

 

母さんに電話をしてもいいかなと聞いてくる子の放課後は雨      伊藤 未来      P86

他に掲載されている歌を見ていると、離れて暮らしているお子さんみたいです。

距離があるから、たまには電話をしようかな、と思いわざわざ聞いてくるんだと思います。親子なんだけど、ちょっと遠慮がある聞き方です。

なにか聞いてほしいこと、話したいことがあるのかもしれない。あんがい他愛ない話かもしれない。

ある程度は親から離れつつ、しかしまったく関わりがないわけでもない関係や微妙な距離感がある言い方だと思います。

「子の放課後は雨」という点が魅力的です。たんに天気が雨というだけではなくて、心理的な気分かな、とも思うのです。

 

どこか不安げで、なんとなく落ち着かない子の気持ちが浮かび上がります。

 

魂を信じちゃいない肉体を愛しちゃいない カップヌードル       中森 舞      P95

「信じちゃいない」「愛しちゃいない」というネガティブな表現を使った、思い切った断言だと思います。

「魂」「肉体」といった大きな言葉は使いにくそうですが、ここでは作中主体が感情や真情をささげる対象は人間にない、といいたいのではないかな、と思います。

人間の魂も、肉体も信じない、愛さないと決めている作中主体が眼にしているのは、カップヌードル

大量に生産され、大量に消費される。短時間ですぐできて、すぐに食べられるカップヌードル

便利だけど、なにか特別なたったひとつ、といった感じからは程遠いアイテムです。

結句でぽんと投げ出される「カップヌードル」というきわめて現代的な食品が、それまでの四句めまでを受け止めるようになっています。