波と手紙

小田桐夕のブログ。好きな短歌について。

塔2018年5月号 4

 塔の会費、振り込んできました。

20日までだけど、そろそろお金を

払うほうがいいでしょうね。 

半分を伐り落としたる八朔の片肺のごとくなりて実をつく    井上 孝治   P129

八朔の樹をばっさりと切り落としたのでしょう。

半分だけ枝を伸ばしている木は、

フォルムが片肺のようになっていて、

なんだか痛ましい感じがします。

でもその残った枝にはちゃんと八朔の実がなる。

人間の手による露わな喪失を見せながら、

同時に新しい実がなることの当然と不思議。

読みながら木のフォルムや実のなり具合を

想像する。描かれた様子や光景と

自分のなかに出てくる想像を重ねていくのも

たぶん読んでいるときの楽しみのひとつ。

白き猫と思ひきおもひたかりしを寒暮の路地を這ふレジ袋    *寒暮=かんぼ  篠野 京    P134

猫だと思っていたけれど、じつは地面近くを動く

白いレジ袋に過ぎなかった、という歌。

似たような光景を詠んだ歌は多くあるのでしょうけど、

上の句の心情の揺れがとても印象的です。

「おもひたかりしを」というささやかな願望があったことで

現実には単なるレジ袋でしかなかった、という

結句でのがっかりした感じや

白猫とレジ袋の差がはっきりと出てきます。

命のある白猫と、風によって吹かれているレジ袋。

わかってしまえば実にあっけない正体にいたるまでの

主体の気持ちを丹念に描いています。

「寒暮の路地」といったちょっと古風な場所を示す語も

美しく、効果的だと思います。

ひととせは遠のくはやさ七草のひとつ欠けたる粥の白さに     篠原 廣己   P145

七草粥をいただいているのでしょう。

でも、七草のうち「ひとつ欠けたる」というところが

ちょっとしたポイント。

せっかくの七草粥ですが、ひとつ欠けているので

なんだかちょっとぴしっと決まらない感じ。

そしてまだ新年あけて間もないのに、

「遠のくはやさ」としています。

もう幾たびも過ごしてきた新年、そしてそののちの

日々を思って、過ぎ去る時間の速さに思いを馳せているのでしょう。

鳥のいない鳥の巣のような沈黙であなたと電話がつながる夜更け    春澄 ちえ   P170 

もう鳥がいないと鳥の巣は無用の長物。

肝心の主がいない巣のような沈黙は、

ひどく居心地が悪いものではないかな、と思う。

もしかしたら、かつては美しいなにかがあったのに、

なくなってしまって、主のいない鳥の巣のように

形だけが残っているのかもしれない。

深夜に電話をかける相手は、親族とか

親しい関係にある人だとは思います。

電話をかけてはいるものの、

お互いの間にはぽっかりとした沈黙があるのでしょう。

「鳥のいない鳥の巣」というビジュアルを想像させることで

主体と相手の間にある距離感

心理的な面も含めて)を伝えています。