波と手紙

小田桐 夕のブログ。塔短歌会に所属。  ゆふぐれはあなたのなかに沈みゆくとほき国だと気づいてしまふ

塔2018年4月号 2

塔4月号には「歌集の作り方」という特集があって興味深いけど、

ちょっともやもやした感じも感じている。

ゆっくり読んで、時間をおいて考えてみます。

おおらかに乱反射する日々であるどこへ出かけても猫に会う日々   大森 静佳   P28

「乱反射」という言葉で、日射しが強い季節をイメージしました。

行った先々でちょっと見かける猫たち。

限定された「今日」ではなく「日々」というところに、

時間のゆったりしたおおらかさが感じられます。

日々のはざまでちょっとだけ姿を見かける猫たちとは

それっきりで、関わること自体はないのでしょう。

主体が猫に会うと同時に、猫たちに見られている面もある。

そう考えると、やや強引かもしれないけど、

「乱反射」の語は猫の眼をもイメージさせます。

「乱反射」という象徴的な語から「猫に会う」という一点に

結び付けていて小さな気分をとらえた一首になっています。

バイオリン持つ学生の降車して終点までのこの夜のひとり    落合 花子  P32

バスに乗っていて、ついに最後の乗客になったようです。

バイオリンケースを抱えた学生さんが降りて、

自分だけがバスに揺られている。

「終点までのこの夜のひとり」といった表現が

ちょっと気になって印象に残った歌です。

バスという閉ざされた空間にぽつんと取り残された感や

軽い揺れの中にいる不安定な状態とか

いろんな条件が混ざって

単に最後の乗客になった、という以上の

寂寥感が漂っていると思ったのです。

バスという限定された空間の中にいることで、

夜に包まれている感じがします。

信号を渡らずスマホ見つめいる男の孤独はたぶんこれから    紺屋 四郎  P34

信号が青になっても、目の前のスマホを見つめていて

歩き出そうとしない人はけっこういますよね。

この歌の上の句も、街角でよく見る光景から始まります。

その後、「男の孤独はたぶんこれから」と続いたことで

ありがちシーンを描いただけで終わらない歌になったと思います。

たぶん見知らぬひとであろう、スマホを見ている男性の

孤独がなんであるのかを、作中主体は知らないはず。

でも、孤独がやってくること自体には気づくのです。

見知らぬひとへの妙な連帯感というか、共感というか、

奇妙な感覚を詠んでいる。

街角でちょっとみた誰かは、

なんとなく自分自身であるような

不思議さが残ります。

元日の本屋であなたを見失ういつか会えなくなるね、たやすく   上澄 眠  P42

元日に開いている本屋・・・・

現実の書店というよりも

作者のなかのイメージとか思い出のように受け取りました。

いまも、そして将来も

あなたは「見失う」対象であるとわかっている点が切ない。

「いつか会えなくなるね、たやすく」という下の句の

リズムが印象的だったので目に留まったんだと思います。

「なるね、たやすく」の倒置によって

別れがあっけないものであることを示して一首が終わります。

「ね」という間投助詞は「あなた」への呼びかけではないのでしょう。

自分に念を押し、気持ちにだめ押しをするような、

自省的な感慨が籠められていると思います。

独白的な倒置も相まって、

呼びかけるべき「あなた」が失われてしまった喪失感、

取り返しのつかない気分が一首からあふれます。

冬の詩を編みゆかんかなフランス式階段工の水路のみづは    小澤 婦貴子     P49

「冬の詩」とはきれいな初句だな、と思って読んでいくと

「フランス式階段工」が出てきて

水路の水のことだった、と分かります。

「フランス式階段工」がなにか、詳しくは知らなかったのですが

作者は長野県の方だし、牛伏川のフランス式階段工のことかな、と思います。

土砂崩れを防ぐために作られたらしいのですが、

写真でみたら、たしかに階段状の流路になっていて、

造形美のある作りになっています。

階段状に積まれた石の段差を落ちていくとき、

水の流れがとてもきれい。

水のやわらかい流れによる文様のことを

表現する方法はいろいろあると思います。

「冬の詩を編みゆかんかな」という表現も美しい。

包丁がときに狂気をよぶことのしみしみとしてきざむ白菜    澤端 節子   P59

キッチンで白菜を刻みながら

「包丁」というアイテムが持つ危うさを感じている。

「しみしみとして」という四句で

作中主体がしみじみ感じている感情と

白菜の質感とが結びついているような感じがします。

白菜のしゃくしゃくした感じを切りながら感じつつ

握っている包丁からイメージされる

危うさを同時に感じていて、

利き手に感じる感触の重層が興味深い。

ただ「ときに狂気をよぶ」は、

ややストレートすぎるかもしれないとも思います。

「気分」「心」くらいに控えてみても、

効果的だったかもしれない、と思います。