波と手紙

小田桐 夕のブログ。塔短歌会に所属。  ゆふぐれはあなたのなかに沈みゆくとほき国だと気づいてしまふ

塔2018年3月号 2

塔3月号の作品1から。

そういえば、特別作品欄には今回は4作品が載っています。

見やすいので、このくらいの掲載数でいいかもしれないですね。

まぁ、そのぶん選考結果が厳しくなって

掲載されない作品が増えるんですが・・・・。

餡パンのへそに桜の塩漬けを配するこころ喉をくだる    *喉=のみど 

    相原 かろ  P27

餡パンの真ん中あたりにのっている桜の塩漬け、

調べてみたら明治時代に天皇陛下に献上するために

作られたことがはじまりだそうですね。

いまはだれでも気軽に食べられるものの、

当時はじめてつくる人には並々ならぬ努力があったはずです。

餡パンや桜の塩漬けそのものではなく

作った人の「こころ」が喉をくだっていく、

としたところに面白さがあります。

「こころ」には、ころがっていくオノマトペのような響きもあります。

パスワードにのみ残しおくその猫の履きおりし白い靴下のこと  橋本 恵美    P35

いわゆる猫靴下、ボディには模様があるのに

足もとの毛だけ白い猫さんだったのかな。

残念ながら猫はもうなくなったのか、出て行ってしまったのか、

とにかくいなくなってしまったみたい。

猫の特徴である「白い靴下」が作中主体の使うパスワードにのみ

残っている、という点が面白くしんみりする点です。

パスワードは本人しか知らない言葉として

長く使うことになります。

入力するたびに、ちらっと猫を思い出す、

ささやかなペットの偲び方です。

月に一度リハビリ出勤するひとを海光盈ちる部屋にみちびく     田中 律子   P38

病気などでしばらく職場を休んでいた人がいるのでしょう。

いきなりフルタイムで復帰するのが難しくて

リハビリ出勤で通ってくる。

その人を案内する部屋には海光があふれている。

リハビリを経て職場に戻ったからといって、

また安心してそのまま働いていけるのかどうか・・・。

不安定な心理を受け止める場所にあふれる光が

とても眩しい感じです。

銀杏落葉に満ちてゆきたる参道を身を傾けて曲がる自転車     

北辻 千展(辻のしんにょうは点ひとつです)   P43

深まりゆく秋の参道のシーンです。

銀杏の落ち葉できれいな黄色に埋め尽くされた参道を

自転車がすーっと通っていく、

それだけですが、清々しい光景です。

自転車にはだれかが乗っているはずだけど、

「身を傾けて曲がる」と描写したことで、

なんだか自転車それ自体の意志で曲がっていくようです。

寡黙なる人の歌集を読みすすむ聞いてしまってよいことですか  宮地 しもん    P52

これは感覚としてわかるなぁ、と思います。

寡黙な人だからといって、考えていることや感じていることが

他の人より少ないはずもなく、歌集を読んでいる間に

著者にその歌の背景や意味を聞きたくなってしまったのでしょう。

でも著者のプライバシーなどにかかわる内容だと

とても聞けないときもあります。

聞いてよいのかどうか、内面で考えてしまったのでしょう。

でも私は別に共感だけで選んでいるわけではなくて、

この歌の下の句のといかけのやわらかさにも惹かれます。

「聞いてしまって」の「しまって」という部分が特にいいと思いました。

気になって思わず著者本人に聞いてしまう、

そんな強い気持ちを抱えつつ、歯止めをかけようとしている

せめぎあいを含んでいて、その逡巡が少し苦しいくらいです。

前のめりにひとをおもえば海風に灼けつく船首像のごとし  *船首像=フィギュアヘッド      大森 静佳    P55 

だれかを強く思う気持ちはつい前のめりになりがちです。

そのときは順調に進んでいるように思っても、

自分が考えた通りの道として進んでいるつもりでも、

あとで気がつけばその気持ちは

船首で陽をあびて灼けてしまった像のよう。

船首像は航海の安全を願って、帆船の先頭に配置されています。

位置からして、もっとも陽や風にさらされそうなイメージがあります。

相手をどれほど強く思っても、時間のなかでの風化や劣化は

避けられないのかも、と思ったときに

感情の強さのなかに一度かぎりの儚さを見出します。