波と手紙

小田桐夕のブログ。好きな短歌について。

塔2017年10月号 5

ゆびさきに罅をなぞりて遠雷の まだだいじょうぶひとり諾う   神山 倶生   P162

「遠雷の」で宙ぶらりんになった感じがして

そこで立ち止まります。

指先で細かい罅をなぞっている仕草から

「遠雷」という語が出てきたのか。

細かい罅や遠雷はなにか不吉な予感がしますが

下の句は自分自身に言い聞かせているのでしょう。

「ひとり諾う」まで言わなくてもよかったかな、とは思いますが。

床下に秘密の中華料理屋ができたかと思うほどの暑さよ   伊地知 樹里    P163

これは面白い発想。

夏の暑さを詠む歌は多くあると思うけど

この歌のように詠まれるとなんだか新鮮。

火力をたっぷり使う「中華料理屋」という点がよくて

これはほかの料理店ではだめなのでしょう。

ちょっとびっくりするような発想ですが

納得はできます。

遠いこと気がついてから星のことあなたは星と呼ばないのでしょう  中森 舞   P167

さらっと詠まれていますが、ちょっと苦味や切なさのある歌です。

かつては「あなた」は星について語っていたのかもしれないけど、

今となってはもう星と「呼ばない」という。

星はきれいなイメージが強いけど、実はとてつもなく遠いもの。

この歌に詠まれているのは、

なにか思うようにいかない現実に気がついた、

という意味かなと思います。

バイクごと水路に落ちた夜を父は星座をつなぐみたいに話す   白水 裕子   P171

けっこうな事故だと思うのですが

その顛末を、「星座をつなぐみたいに話す」という表現が面白い。

あんまり深刻にならずに

どんな話しぶりなのか、読んでいる間に想像してしまいます。

「星座」という知っている人でないと

見出せない形や美しさを持ってくることで

事故を直接経験した人の感覚を

出している点が特長です。

 

 

 

ふー。なんか10月はけっこう時間がかかりました。

なんだかんだで我ながらよく続いているな、と思います。