波と手紙

小田桐夕のブログ。好きな短歌について。

塔2017年9月号 3

加湿器の音を雨かと間違ひぬやさしき雨を待ちてゐるかも    潔 ゆみこ    P59

加湿器の音が雨に聞こえてしまったのは、

主体の雨を待つ気持ちからくるのだろう。

静寂な中に聞こえる雨を思わせる音が

しんみりした雰囲気を出しています。

ただ、このままだとすこし甘い感じもするので、

「やさしき雨を待ちてゐるかも」の部分を倒置にするなどの

方法も考えました。

昼顔のゆるき折り目を見て通るどこかで会つた人に会ひし日   福田 恭子   P67

ふんわりと優しい雰囲気で咲いている昼顔、

ぼんやりした記憶を思いながら見ています。

どこかで会ったはずなのに、はっきり思いだせない記憶と

昼顔という植物のフォルムが呼応しています。

ただ四句から結句は「どこかで会ひし人に会つた日」とする方が

自然な時制になる気がします。

きみのいない街で暮らすということのこんなに軽かったかなサンダル    安田 茜   P69

「きみ」とは離れて暮らしているときに

ふと気が付くのは、サンダルの軽さ。

足になじんだサンダルの意外な軽さで

心もとなさをうまく出しています。

安田さんの短歌って、むりな力みがまるでないなぁ。

ブランコの向こうの空がもう暮れるこの感情には名が必要だ   内海 誠二   P76

ブランコという大きく揺れる遊具の向こうに

暮れていく空を見ながら、今抱いている感情になにかしら

「名が必要だ」と言います。

いままでに感じたことがないような感情を抱えて

持て余しているのではないかな、と推測してしまいます。

傘もたず歩く私をアメリカ人のようだと言われわずか戸惑う    春澄 ちえ    P82

仕事でアメリカに暮らし始めた作者。

傘というアイテムを持ち歩くかどうか、

なんていうところにも国民性が出るみたい。

まだまだなじんでいないアメリカで

アメリカ人のようだ」と言われて、感覚がついていかない。

春澄さんの感覚で切り取ってくるアメリカでの歌が

どんな展開を見せるのか、楽しみにしています。

半年の研修期間を終えるまで食い続けるであろう胡麻パン    森永 理恵    P85

めでたく就職したのはいいことだけど、

同時に新しい場所での格闘にもなります。

「食い続けるであろう」というぶっきらぼうな表現に

日々生きていくために食べる、という迫力があります。

胡麻パン」という素朴な味わいのパンの選択もいいと思います。

こんなんでやってけるかなという不安もこもこ湧いてくる製図室   阿波野 巧也  P88

 こちらも職場でまさに今後を思って不安に駆られている歌。

「こんなんでやってけるかな」と口ぶりはライトだけど

内面にわいてくる不安はどうにもしがたいのかもしれない。

「製図室」という場所も面白い。

そこで(笑)うなよと思う夜こころはまっすぐ飛ばしてほしい   高松 紗都子  p100 

 主体が真剣に言ったことに対して

相手からは(笑)なんてついて返信が来たのかもしれない。

(笑)って返されると、ちょっとムッとする感じになったのだろう。

相手との気持ちの真剣さに差を感じて

もどかしい感じが詠まれています。

(笑)という表現をそのまま取り込んでいて、見た目も面白い歌になっています。

(笑)の入った上の句は、「わらうなよ」と読めば字足らず、

「かっこわらうなよ」と読めば定型におさまりますね。

読み方にも工夫が試される一首です。