波と手紙

小田桐夕のブログ。好きな短歌について。

塔2017年5月号 5

モアイ像のすすり泣くがに稀勢の里壁に向かひて肩を震はす    坪井 睦彦   168

たぶんテレビ画像を見て詠んでいると思うのですが、
「モアイ像のすすり泣くがに」という比喩によって
映像をそのまま写したような歌にならずに仕上がっています。
「モアイ像」という意外な物体をもってきたユーモアがいいですね。
画面からは表情が見えないだろう稀勢の里の心情を表現しています。

寒の日のオリーヴオイル黄濁し手には負へないをみなみたいだ     山下 好美      168

寒くなると、オイルの壜の底の方に
黄色い沈殿物ができることがあります。
なんだかどろっとした沈殿物は
オイルのいつもとは違う様子として奇異な感じ。
その様子を「手には負へないをみな」に例えています。
気ままなのか、怒りっぽいのか、頑固なのか、
やっかいな女性のタイプをあれこれ考えてしまいます。

トチノキの芽のふくよかなふくらみに春立ちてなほ遠き春思ふ   千葉 優作  *思ふ=もふ 177

トチノキの芽はふっくらしていて
美しい柔らかい緑色の芽を見せてくれます。
上の句のたっぷりとしたひらがなのやわらかい印象で
春らしい雰囲気も出ています。
主体は春を感じているけど、
「なほ遠き春」に思いをはせています。
まだ春のほんのはじめを切りとっていて
みずみずしい一首です。

オリオンの三つ並んだ星たちの距離と思えり三姉妹とは    魚谷 真梨子         177

オリオン座の有名な三つの星。
三姉妹の関係や距離感を
オリオン座の星に喩えている点が面白い発想です。
等間隔に並ぶ三ツ星、
適度な距離を取れるようになった三姉妹を表すには
ぴったりの表現なのかもしれないですね。
倒置して、結句で「三姉妹とは」と明かす方法も
効果的な工夫だと思います。