波と手紙

小田桐夕のブログ。好きな短歌について。

塔2017年5月号 1

最近、塔の会員がそれぞれのブログやSNS
気に入った短歌を塔誌上から選んで紹介していることが多いですね。
お互いにがんばっていきましょう。
では月集から。

雪の街に傘をひらけばあたたかく傘の中には青空がある   栗木 京子         3

下の句がとても惹かれる一首です。
雪が降る中、傘の内側はちょっとした別の空間になります。
傘の中の「青空」は傘の色のせいでしょうか。
それとももっと心理的なものでしょうか。
曇り空から雪が降ってきているだろうけど
傘のなかの晴ればれとした空気感はなんなんだろう。

ひとりごころの北限だった昨夜のシャツをしろがねいろの真水にひたす    江戸 雪      4

昨夜の寂しさを包んでいただろうシャツを
洗濯しようとしているのでしょう。
「北限」という言葉がとても強くて
頼れるものが誰もいないような感じがします。
「しろがねいろの真水」もとても硬質な感じ。
そんな張り詰めた感覚と
やわらかいシャツの対比に
鋭い感覚があります。
上の句が7・7・7となっていて、字余りが目立ちます。
内面に溜まっていた寂しさを吐き出すといった感じで
字余りになったのかもしれません。

拓銀大泊支店の唯一の明るさとして赤きポストは    梶原 さい子        7

サハリン南部の大泊(コルサコフ)を訪れた一連のようです。
古い銀行はどっしりとしたつくりになっているけど
一点だけ、赤いポストがおかれている光景が印象的です。
そこだけぱっと灯がともったみたい。
色の対比が浮かぶ一首です。

どんな人を今まで抱いた腕ですか樹々は静かに夜の呼吸を    川本 千栄     8

たぶん知りたいけど近寄りづらい相手のこと。
上の句の疑問文から、下の句の景へつなげて、
男性の腕から夜の樹々へイメージを広げています。
樹木は夜は光合成をやめ、呼吸だけが残る。そんなイメージもあるのかもしれません。
言いさしの結句で余韻を残しています。

まよひつつ地下書庫にさがすしばらくを足音だけが残る夕森     河野 美砂子    8

結句の「夕森」という言葉に惹かれます。
一応、地名であるみたいですけど、関係はないのかな。
最初に読んだときには、夕暮れ時の森のイメージが広がりました。
地下書庫に資料を探していて過ごす時間。
しずかな空間だから「足音」という人の動きにつれて
発生する音が名残になるのでしょう。

掘削音やみてウェハースかみしめるごとき静けさ春に近づく       山下 泉    14

近くで工事をしているのか、響いていた掘削音がやむと
今度は迫ってくる静けさ。
「ウェハースかみしめるごとき」がとてもよくて
乾いたウェハースが口の中で湿りを帯びていく感じを思いだし、
じんわり迫る静けさに実感がわきます。