波と手紙

小田桐夕のブログ。好きな短歌について。

塔2017年1月号 5

天敵のない生きものにある自殺 アクアリウムに揺れる水草       加瀬 はる    P170

「天敵のない生きもの」とは人間のことでしょう。
文明をつくり、他の生物から脅かされることが減ったけれど
自ら命を絶つこともある人間。
水槽のなかでゆっくり揺れている水草の頼りなさを
対比として置いておくことで、儚さを感じます。
三句目も結句も名詞で止めているので、
上の句と下の句にポイントが分散してしまいがちです。
構造はあんまり評価していないのですが、
取り合わせが印象に残ります。

液晶の青の底より見上げおりとおき水面にゆれる路線図        神山 倶生    P170

視点の設定が気になったので取り上げてみます。
スマホの液晶画面だと思うのですが、水面に見立てることで
液晶(水面)の底から見上げる視点を作り出しています。
ずっとスマホを見ている人間とは逆方向から
見ている視点がある、という想像が少し怖い。

「海までの近道」とやじるし書いた人 いまこの町にいるのだろうか    紫野 春   P172

「海までの近道」なんて、ちょっと気になる。
だれかが書いた落書きのような矢印に
主体は、矢印を書いた人の、今いるところに思いをはせています。
誰かが残していった気まぐれの断片みたいな「やじるし」
主体も「海までの近道」に惹かれる気持ちがあるから
下の句の発想が生まれるのでしょう。