波と手紙

小田桐夕のブログ。好きな短歌について。

一首評「それから」

サクラモチを秀衝塗の皿におくそれから遠い日のやうに食む

佐藤通雅 「あふむけ」『昔話』P134

片仮名で表されたサクラモチ。

 

いつもなら春の訪れを感じる楽しいお菓子ですが、この歌が収録されている『昔話』は、東日本大震災後の作品で構成されています。

 

秀衝塗は岩手県の伝統工芸品。もともとは奥州藤原氏の時代に作られた器が起源。漆や金が使用された贅沢な器で、晴れやかなイメージが湧きます。

 

うつくしい皿の上に置かれた「サクラモチ」ですが「おく」と「それから」の間に少し間があるように思います。

 

震災によって失ったものが大きすぎて、どうやっても震災前の日々は「遠い日」に思えるでしょう。

 

かけがえのないもの、人、場所、記憶。それらを思い出しつつ、ゆっくりサクラモチを味わう。

 

大きな出来事の前後で、決定的に感覚が変わってしまうことがあります。

 

「それから」とはこの歌のなかで、単に動作を繋いでいるのではなくて、過去に思いを馳せている心の動きにも思えるのです。

 

一首評「鉋」

早春の棟に大工が一人いてしきりに光に鉋かけいる

 三井修「白犀」『海図』P70

早春の頃なので、ちょうど今頃かな。急に暖かくなったり、また寒くなったりして、なかなか厄介な気候です。


冬から春へ、季節の変化が感じられる時期の屋外に、大工が一人だけで作業をしている。

熱心に仕事をしている様子が詠まれていて、その表現が「しきりに光に鉋かけいる」。

 

「光に」という点がとても優れていて、おそらく下方から見上げているだろう作中主体には、大工の手元の屋根の棟が光って見えたのだろう、と思います。

 

まだ少し寒さや冷たい風のある時期。手元の鉋を盛んに動かしている動きが簡潔に詠まれていて、ちょっとした日常の一コマを見逃さない、そんな一首です。














一首評「山茶花」

息とめる遊びもいつか遠くなり山茶花はあかい落下の途中

小島なお 『展開図』「公式」P104

山茶花もそろそろ、おわり。じきに春ですね。

 

それにしても、山茶花の赤い花びらは道でよく目立ちます。

 

「息とめる遊び」は私はやった覚えが無いんですが、呼吸という生き死にと関連することまで遊びにしていた逞しさというか不遜さというか、子供時代にはそんな面があります。

 

子供の頃に呼吸を止める遊びをしていたけど、大人になると、そんな真似はもうしない。

 

この歌で惹かれるのは「山茶花はあかい落下の途中」という表現。

 

山茶花の場合、椿とは違って、花びらがバラバラになって、散っていきます。

 

ひとつの花が花びらを失っていく様というより、一枚の花びらが地に向かって落ちていく最中かと思いました。ごく短い時間のなかの花びらの動きをゆっくりゆっくり、追っていく感じ。

 

時間の感覚として、遠い子供時代の記憶と、今、花びらが落ちていく短い時間とが同時に存在していて、その差が印象に残るのです。

一首評「鍵」

鍵穴にふかく挿すときしあはせと思ふだらうかすべての鍵は

 千葉優作「Phantom Love」『あるはなく』P87

鍵は鍵穴に挿して使わないと、意味がないアイテム。ドアを開けるときに行う日常の行為の中に幸福感があるのかどうか。

 

ある鍵穴には、当然、それと合う鍵が要る。対になっている以上、符合すればドアが開く。ある種、満たされる感覚かもしれない。

 

叶わない恋を歌った長い連作の冒頭にあるので、恋愛の比喩だろうとも思います。全体に喪失感や自分には手に入らないものが繰り返し詠まれている歌集でした。

 

詩的な語を用いつつ詠むのがベースの作者のようですが、私は、日常で使うアイテムを用いた歌に着目しつつ、歌集を読みました。