波と手紙

小田桐夕のブログ。好きな短歌について。

塔2018年4月号 5

のんびりしたGWを過しています。

5月6日に東京で文学フリマがあるらしいけど

同人誌とかそのあたりの流行りがまったくわからぬ・・・。

生徒らに遅れて走るわれを見ているかいないかうずくまる猫    伊地知 樹理    P186

どうも作者は学校の先生らしく、

生徒にまじって部活動をしているみたいです。

体力のある若い生徒たちにまじって

遅れて走っている先生。

ちょっと慣れていないのか、まだギクシャクした感じです。

なんとなくふがいない様を自分でもわかっているのでしょう。

自分たちが走っているときに、かたすみには

じっとうずくまっている猫がいる。

猫は人間を見ているような、見ていないような

微妙な表情みたい。

猫によって観察されているような

奇妙な心情が伺えます。

猫がこちらを見ているのか、見ていないのか、

はっきりしない中途半端さがいまの

主体の気持ちとか立場のようにも思えてきます。

われの姿を、猫の立場を通して描くことで

ちょっとユーモラスに描いています。

薄くそぐ林檎の螺旋遠くない街できっと目を閉ずるひと     泉乃 明   P187

ナイフで林檎の皮をむいているのでしょう。

注意深く、林檎の皮をむいていることで

神経が研ぎ澄まされる感があるのかもしれない。

「林檎の螺旋」っていう表現は

皮むきの様子そのままといえばそうなんだけど

三句目以降の言葉につながっていくと、

思考の流れを視覚化しているみたいで面白い。

手の中のひとつの林檎から、

違う場所で目を閉じているだれかのことへと

考えが及んでいて、映像のオーバーラップみたい。

しゃりっとした林檎を剥いている時間と

目を閉じるという静寂のなかにいる人の

つながりが面白い一首です。

書留は割高ですと窓口で三度言はれて三度うなづく     山縣 みさを    P193

郵便局の窓口で書留を出そうとしているのでしょう。

単にそれだけなんだけど、妙にコミカル。

「三度」も同じことを言われて、

さらに同じ回数だけうなづく、

という行動が大げさな感じがして、

面白いんだと思います。

郵便局の職員にしてみたら、顧客への親切もあって

割高である、ということを教えてくれているのでしょう。

でも結局、書留で出したっぽい。

一首の中で完結せず、その後を自然と

思ってしまう一首って、いいですね。

日常の、どこにでもある何気ない行動が丁寧に書かれることで、

作者の考えに読者がシンクロしてしまう、

というつくりの一首です。

日常にもちょっとした面白いシーンって

いっぱいあると思うので、こんな雰囲気を

一首の中に残しておいてもいいんじゃないかな、と思います。

くれなゐの傘を広げてゆくかつて異国の泉なりし霙に        大堀 茜   P194

とてもきれいな一首だな、と思って読みました。

「くれなゐ」という旧かなもきれい。

三句目で「ゆく/かつて」と句割れしていて

どこか外の世界へ出て行くときの緊張感が漂います。

かつて、どこかの異国では泉だった水が

蒸発して空に上がり、さらにいま霙になって

降ってきている、という自然のなかの

大きな循環を取り入れることで

スケールの大きさがあります。

めぐっていく自然のなかにむかって

ひとりの人間である自分が進んでいく、

という視点で描くときに

外出という日常の行為にもっとおごそかな意味が

加わるような気もします。

「くれなゐの傘」が曇天のなかで

ポイントになりそうで、色彩の美しさも感じます。

大堀さんのほかの歌にも言葉の選び方に

美しさがあって、とても印象的でした。