波と手紙

小田桐 夕のブログ。塔短歌会に所属しています。         ゆふぐれはあなたのなかに沈みゆくとほき国だと気づいてしまふ

塔2018年4月号 1

4月号を読んでいて、やけに目に留まるのが猫の歌。

今回は猫を詠んだ歌の紹介が、ちょっと多めになりそうです。

 

続編が作られなければ生きていた女優が冬の自転車を漕ぐ    吉川 宏志    P4

一読して奇妙な感じの表現だな、と思いました。

「続編が作られなければ生きていた」ということは、

続編のなかでその女優が演じる役は死んでしまった、ということでしょう。

実際には女優が死ぬわけでななくて、

女優が演じていた役柄が死んでしまうのだろうけど、

ねじれが生じて不思議な感じ。

「続編では死んでしまう役の」とかではなくて

「続編が作られなければ」という仮定法で語っている点が

大きなポイントになっていると思います。

おそらく映画のスクリーンか画面のなかで

女優が細い自転車をすいすい漕いでいく姿を見ながら

なんとなく死んでしまうことを惜しんでいるような気がするのです。

次の間へ入りゆく猫を手に取りて反対向ければ反対に行く   池本 一郎    P4

自宅で猫を飼っているのだろう、と思います。

猫はあちこち動きますが、

「次の間」へは入ってほしくないのか、

室内をうろつく猫をひょいと手に取って、

反対側に向けたところ。

強制的に向きを変えられた猫はそのまま進んでいく。

なんてことない日常のシーンなのだけど

「反対」の繰り返しによって

淡々とした日常の中の可笑しさが伝わります。

また「反対向ければ」と、「を」や「に」などの助詞を

排した言い切りが小気味よく、

下の句の切れ味を増しています。

正月が明けてつめたい甃のうへ黒猫よおまへも生きてをつたか    真中 朋久    P5

こちらは寒い屋外で見かけた猫さん。

正月が明けたばかりなので、新年はじめて通勤するときに

前にも見かけたことのある黒猫と久しぶりに会ったのかもしれない。

「甃」という硬質な表現や場所も

寒さのなかのシーンとして効果的。

「おまへも生きてをつたか」といったちょっと重さのある言いぶりが印象的。

大時代的で演技がかった言いぶりをすることで、

猫への呼びかけが漫画的なユーモアをたたえています。

下の句のセリフで、黒猫の身を案じていると同時に

「も」という助詞によってなんだか自分自身のことも

指しているみたいな気がします。

電柱になり猫になる もうどんな役でも演じられそうな日だ    山下 洋     P5

この歌の前に

「喧しきハシブトガラスてっぺんに止まらせて立つ電柱われは」があります。

自分からなにかになろうとしたわけではなく、

ハシブトガラス」によって、そうなれることに気づかされた日。

そんな気分の高揚感がこの歌にも持ち込まれています。

自分以外の何者かになることができる演技は

一種の変身であり、解放にもなりえます。

電柱だったり、猫だったり、人間ではないものにもなりうる。

むしろどこかでそれを願っているのかもしれない。

わざわざ「演じられそうな日」と言い切っているので

いままではそんな気分になれる日は、あんまりなかったのかもしれない。

変幻自在になれそう、と気づいたことで

あらためて自己というものを意識する面もあるのでしょう。

疾風にまたたきやまぬ星の下氷はふところに全湖を蔵ふ   *氷=ひ *蔵ふ=しまふ

      岡部 史   P9

冷たい冬の風が吹く中、湖も氷におおわれて

しんとしている光景を思い浮かべます。

下の句がとても印象的で

特に「全湖を蔵ふ」という表現がいいな、と思います。

湖のすべてをすっかり包んで、氷が広々とひろがっている。

「蔵ふ」という動詞によって

厳しい自然の領域を見せられている感じがあります。

一首全体をとおして人を寄せ付けない

真冬の夜の厳かな光景が広がります。

波がここまで来たんですかといふ問ひが百万遍あり百万遍答ふ   梶原 さい子  P9

「波がここまで来たんですか」と問うのは他所から来たひと、

答えている主体は地元の人、そして

地震の光景をその目で見た人。

なんども聞かれる同じ質問、同じ答え。

そして今後もなんども同じことを聞かれるんだろう、と思います。

わざわざ「さらにその先のほかの問いかけ」を発する人は、

ぐっと少なくなるのだろう。

問われなかった問いにこそ、作者の思いと、

作者の痛みがあるのかもしれない。

百万遍」という漢字の表現が重々しくて

何度も繰り返されるそのやり取りの末に何が残るのか、

やはり【問う側】にいる私は

すこし考えたほうがいいのかもしれない、とも思うのです。

暁に薄氷かざす眩しさはくちびる離れた言葉にとどく    山下 泉      P18

明けがたの日のひかりにかざす「薄氷」、

いまだけの光、薄い氷、といった組み合わせに

とても儚いイメージが広がります。

わざわざ薄氷を手にもってかざしているので

きらめきとか光を見たいという意思を感じます。

繊細なひかりの眩しさが届くのは

「くちびる離れた言葉」だという。

一度話された言葉は、言った人からは離れて

他の人に届いたり、届かなかったりする。

繊細なひかりを纏った言葉は

その後、どうなっていったんだろう。

美しいイメージを持ちつつ、その後を予想させる一首です。