波と手紙

小田桐夕のブログ。好きな短歌について。

塔2018年3月号 3

特別作品といえば、2017年の年間優秀作が発表されていました。

今回は「琥珀に染まる」という連作で

優秀作に選んでいただきました。

ありがとうございました。

もともとこの連作は京都にある喫茶店六曜社に

行ったときをイメージして編んだ連作でした。

塔短歌会が発行している塔事典にも「六曜社」の項目があり、

塔の会員さんにもなじみの喫茶店だったようで、

それを踏まえた歌も数首入れていたのですが、

選の段階で削られていたなぁ・・・。

 

糸に冬と書いて終わりにする恋のまだ切れぬ糸かわらない冬      高松 紗都子    P58

「終」という漢字を踏まえて詠まれた歌。

こういう知恵を使った作品ってけっこう好きです。

「終」を「糸」と「冬」に分解して

恋の行方を思っています。

まだ大丈夫みたいだけど、

不安定であることを思えばあくまで今の状態なのでしょう。

君を治すための処方箋を出す薬品よりも花の名を書く         濱本 凛    P67

病院を受診したときに出してもらう処方箋、

主体は処方箋を出す立場にいるのかもしれない。

本来は医薬品を記載する文書なのに

特別に書かれる「花の名」によって、

事務的な文書のなかに少し甘やかな雰囲気が加わります。

一首のなかで動詞の終止形が続くため、

「を出す」という動詞、なくてもいいかもしれない、とは思います。

おおかたは光に透けるレタス葉のように新聞人生相談      福西 直美  P76

新聞に人生相談が掲載されていることがあります。

モノクロの小さな文字に綴られた、だれかの人生の断片と

それに対する回答を見た時に

思い浮かべるのが「光に透けるレタス葉」だという。

光に透けていて薄くて脆そう、簡単にちぎれそう、

ただその薄さや淡さを支えにするひとも確かにいるのかもしれない。

直接かかわることのない誰かの悩みを活字ですこし知る不思議さと

あいまって、印象的な比喩になっています。

デモ隊の肩越しに見ゆホワイトハウス全ての窓にクリスマスリース   朝日 みさ    P77

ニュース画像か、ネットにアップされた動画を見ているのでしょう。

デモ隊を映す画像ですが、ホワイトハウスが画面内に映りこんでいて

その窓にはクリスマスリースが飾られている。

「全ての窓に」という点がいいな、と思います。

クリスマスリースはグリーンと赤がやけに目立つアイテムなので、

それぞれの窓に飾られていて、目についたのでしょう。

デモ隊はグリーンや赤からは遠い色合いに見えたことでしょう。

騒々しい現実と、それとは別に巡ってくる季節を感じた一首です。

名すら無き一枚の海を匿いて今朝しずかなるこころとおもう    宗形 瞳     P86

上の句がとてもいいな、と思って惹かれました。

作中主体の内面にひろがっている感情を

「名すら無き一枚の海」としたことで

美しい広がりがあります。

「匿いて」という動詞も面白く、

そっと隠し持つような感情なのかもしれない。

内面に抱えている複雑さを風景画のように描いていて

印象深い一首です。

停電に静止するラボひんやりとチェリャビンスクから来たという石   安治 香織     P92

大学内で停電になったようで、

いつも使えている電気がストップしたことで

より存在が際立っているのが、置かれている石。

しかも「チェリャビンスクから来たという石」によって

とてもミステリアスな感じすらします。

チェリャビンスクはロシアの都市。

かつて隕石が落下したらしいですが、関係のある石なのかな・・。

いつもとは違う空間になってしまったようなラボのなかで

かえって石の冷たさが伝わってくる、というのが面白い一首です。

水色のシーツ廻して真夜中の穴となりたりコインランドリー      濱松 哲朗    P92

コインランドリーが「真夜中の穴」というとらえ方が面白い。

昼間ではなくて真夜中だから出てくる発想なのかもしれない。

洗濯ものを詰め込んだ洗濯機がぐるぐる回って、

しばらくの間は待つしかない。

回転という動きを見ている間に、そのなかに

吸い込まれるような感覚を覚えたのかもしれない。

「水色のシーツ」というと、なんだかさわやかな色味だけど

洗濯機のなかで窮屈そうに回っている。

その窮屈そうな感じがポイントの歌だと思います。