波と手紙

小田桐夕のブログ。好きな短歌について。

塔2018年2月号 1

つやつやと餡パンを積む店内が冬の夕闇にただようごとく   吉川 宏志   P4

店内にいてパンを選んでいるシーンだろうと思います。

餡パンには独特のつやがあります。

たくさん積まれた餡パンの色つやをたたえながら、

店内そのものが冬の夕闇のなかでふわふわとした不確かさ。

夕方という時間だから感じる不安定さを詠んでいると同時に

「餡パン」という重さがあるアイテムの選択が

歌のなかに生活の雰囲気を持ち込んでいます。

逢ひかたを考へてくれるひとのため時間をつくり逢ひにゆかむとす    真中 朋久 P5

「逢ひかたを考へてくれるひと」という表現が

ちょっともったいぶった言い方であるけれど

かえって惹かれます。

遠方に住んでいるのか、かなり多忙な人なのか、

なにか事情があってそう簡単には会えない相手なのでしょう。

相手のわざわざ考えてくれる態度にたいして

主体も「時間をつくり」会いに行く、という。

会うまでの時間の長さや、思いのめぐらせかたなどが思い浮かびます。

独特の雰囲気がただよっていて、魅力的。

ひんやりと足踏みミシンに秋が来て踏めば遠くに行けるだろうか    前田 康子  P5

最近ではめったに見かけないですけど「足踏みミシン」

・・・・お持ちなんでしょうか。

(私は昔、頼んだ覚えもないのに

叔母から足踏みミシンを譲られた記憶があります・・・)

とてもレトロなアイテムである「足踏みミシン」の近くにいて

床あたりから冷え込んでくる空気の冷たさで

秋を感じたのではないか、と思います。

下の句がとても魅力的で

「遠くに行けるだろうか」の「遠く」とは

場所というよりも、昔という時間にさかのぼる、

ということではないかと思います。

寝過ごして戻る途中にすれ違う電車の席に眠るひと見ゆ     松村 正直   P6

つい寝過ごしてしまって、また電車に乗って

寝過ごした分だけ移動している最中に、

ふと見えた「すれ違う電車の席に眠るひと」。

すこし前の時間にさかのぼれば

主体もあんなふうに眠っていた、ということですが

自分自身の姿を振り返ってみているような視点を感じて

面白い歌です。

ついてきた犬を足もとにすわらせて祖母は待ちゐき冬の停留所    久岡 貴子   P14

バスの停留所へ向かうときに

犬がついてきたので、そのまま停留所に一緒にいた、

それだけの歌ですが「祖母」になついているだろう「犬」の

気持ちとか仕草がなんとなく浮かんできます。

まだ寒い冬のシーンのなかで

なついている犬の体温や祖母のたたずまいなどが伝わる歌です。

草の名のインクの瓶を傾けて昨夜よりつづく雨に聴き入る  *昨夜=きぞ  溝川 清久    P15

「草の名のインクの瓶」という描写がとても印象的です。

絵を描いているのか、使い慣れた瓶を傾けて

インクを出しているのかもしれない。

長く降り続ける雨の音という現実と、

手のなかにある瓶のなかの草の名前や色の

組み合わせがとても巧みな歌です。