波と手紙

小田桐夕のブログ。好きな短歌について。

塔2018年1月号 2

みんなみの島を空より撃つに似てタルトレットをフォークで壊す  朝井 さとる  P28

上の句は北朝鮮によるミサイル発射をふまえて詠まれているが

下の句はささやかな日常のお茶の時間。

世の中でどれどほ驚異的な出来事や事件が起こっていても

一般の人間は、仕事だったり、他愛ない会話だったり

いつもの日々を変わらずに過ごしている。

でもそのなかで世界で起こっていることを無視もできないわけで、

一皿の「タルトレット」をまえに、

大きな出来事とのシンクロを見出している。

ささやかな時間のなかに、社会で起こっていることを巧みに取り込んでいます。

告げぬままわらってるきみを葉脈を透かす陽として見ていたかった    佐藤 浩子 P34

なにか大事なことや言いたいことがあるのかもしれないけど

「告げぬままわらってる」きみの様子は

たぶん儚いものなのでしょう。

「葉脈を透かす陽」は優しいようで、

葉をかよう細かい葉脈の一本一本を浮かび上がらせます。

「見ていたかった」という希望を含んだ結句が

望んだけど叶わなかったのかもしれない、

ということを感じさせて切ない歌です。

繁茂する国防論の草むらの白い帽子を目は追いかける    荻原 伸  P39

隆盛する「国防論」を生い茂る草むらに例えつつ

実は気になっているのは、「白い帽子」。

「白い帽子」とはいったい、なんであるのか。

草むらのなかにのまれてしまう

平和とか理想とかいくつかのイメージが浮かびます。

勢いのある草の色と

帽子の白色とがヒリヒリと鮮やかな対比を作ります。

「白い帽子」の”持ち主”の不在が、一首に鮮烈な印象を加えています。

雨音に耳そがるる夜半読みつげり秋草のごときふるき恋歌    永田 聖子   P48

「耳そがるる」という表現から

けっこう雨音が強いのかな、と思います。

雨音によって閉じ込められたような空間の中で

静かに読んでいるのは、「ふるき恋歌」。

「秋草のごとき」とあるので

しんみり、控えめなイメージも持ちました。

一首、一首、立ち止まるような読書なんだろうな、と

夜中の時間の流れを思います。

母に似し彫像のうなじ見るときに私の影を肩に乗せたり     北辻 千展            (しんにょうの点はひとつ) P53

見ている彫像が、主体の母親に似ていることから

かつて母の背に負ぶわれていた日を思いだしたのでしょう。

「似し」という過去の表現は「似る」で良かったと思います。

「私の影を肩に乗せたり」と続くことで

幼いころの自分自身を記憶から引っ張り出して

もう一度振り返っていることがよくわかります。

「彫像のうなじ」や「肩に乗せたり」といった描写で

彫像でありながら、ぬくもりのある描きかたになっています。

しづけさは遠さ 日暮れの鳥たちの整ひきらぬほそき一列   佐藤 陽介   P62

夕暮れのなかを飛んでいく鳥の群れの列をみたのでしょう。

列を作って飛んでいく鳥の様子を描きつつ

遠さと静かさを結び付けています。

遠さは主体と鳥の遠さであり、

鳥が目指す目的地までの遠さかもしれない。

距離のなかにある厳然とした感覚を静けさとして

捉えたのではないかな、と感じました。